北朝鮮拉致事件関連年表・資料

 

日本人拉致犯ら非転向長期囚63人 韓国、北朝鮮へ送還 事件解明手がかり失う
 


【ソウル2日=中村将】

韓国でスパイ容疑などで捕まり、政治的思想転向を拒否して服役した北朝鮮の「非転向長期囚」六十三人が二日午前、韓国から送還された。この中には対南(韓国)工作の過程で日本人を拉致(らち)した実行犯として、韓国の法廷で事実認定されている北朝鮮工作員、辛光洙(シン・グァンス)元服役囚(七一)が含まれる。日本の公安当局は辛元服役囚への事情聴取を求めていたが、結局実現せず、日本人拉致を「事件」として裏付ける重要な“手がかり”は北朝鮮に消えていった。

 北朝鮮に送還された六十三人の内訳は元スパイが四十九人、ゲリラ(パルチザン)出身が十四人で、平均年齢は七十五歳。いずれも朝鮮戦争時のパルチザン活動や、戦後に北朝鮮の工作活動をしたとの疑いで韓国当局に捕まり、獄中で主義主張を変えずに刑期を終えた元服役囚だ。

 この日午前八時、前日から滞在していたソウル市内のホテルをバスで出発。韓国と北朝鮮の軍事境界線にある板門店でバスを降り、午前十時すぎ、歩いて北朝鮮に戻った。

 北朝鮮の平壌放送や朝鮮中央放送は、非転向長期囚らが板門店北側に到着したと速報で伝え、「不屈の統一愛国闘士らである六十三人の南朝鮮(韓国)非転向長期囚らが、板門店中立国監督委員会の会議室を通って夢にも描いた社会主義祖国の胸に抱かれた」などと報じた。

 北朝鮮側では「熱烈歓迎」の横断幕が掲げられ、女性や子供が花束を渡し、万歳を繰り返した。その後、北朝鮮の家族や朝鮮労働党の金容淳、崔泰福両書記ら幹部らと面会し、慰労された。北朝鮮は六十三人を英雄視、特別待遇するとみられる。

 非転向長期囚の北朝鮮への送還は北朝鮮側が強く要求していたもので、今年六月の韓国と北朝鮮の南北首脳会談以降の南北和解へ向けた行事の一環として実施された。韓国側は離散家族の再会の早期実現のため、これを受け入れたが、韓国内でもスパイや武装ゲリラの送還に批判的な世論も起きている。

 今回、送還された中に含まれる辛元服役囚は大阪市の中華料理店店員、原敕晁(ただあき)さん=当時(四三)=を北朝鮮に拉致した実行犯と、韓国法廷で認定されている。判決によると、北朝鮮から日本に密入国した辛元服役囚は昭和五十五年六月、配下に取り込んだ男三人と、原さんを宮崎県の青島海岸に連れ出し、工作船に乗せ、拉致した。

 辛元服役囚はその後、日本に密入国し、原さん名義の旅券や運転免許証を取得。日本人「原敕晁」に成りすまし工作活動を続けていた。原さん名義の旅券で韓国に入国した八五年二月、国家保安法違反(スパイ活動)で逮捕され、死刑判決を受けたが、その後、減刑され、昨年末には、恩赦された。

 原さんのケースは日本政府が認める北朝鮮による拉致疑惑七件十人に含まれており、日本の公安当局は辛元服役囚と共犯の韓国人男性(七二)への事情聴取の協力を韓国側に要請していたが、辛元服役囚については、本人が拒否したため実現しなかった。

[産経新聞 2000年09月02日 東京夕刊]