昭和五十二年に新潟県で失跡した女子中学生(当時十三歳)が北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に拉致されていた可能性が二日までに強まった。韓国当局側から日本政府、公安当局にもたらされた亡命工作員の証言が、少女の失跡当時の状況と酷似しているためで、公安当局は重大な関心を示している。
韓国側から公安当局への非公式な情報によると、亡命工作員(氏名、亡命日時などは明らかにされていない)は韓国の公安当局にほぼ次のような証言をした。
(昭和五十一年か二年ごろ)十三歳の少女がバドミントンの練習を終えて帰宅する途中、日本の海岸から北朝鮮へ連れ去られた。海岸から脱出しようとした北朝鮮工作員が、少女に目撃されたため連れ去ったという。朝鮮語を勉強すれば、帰してやるといわれたが、成人に近づいたころ、その望みがないことを知って精神的に落ち込み、入院した。少女は双子の妹だという。
この工作員自身が、拉致に関与したのではなく、少女の入院中に、この話を知ったという。
今年になり、この工作員の証言が、昭和五十二年十一月十五日に新潟市で起きた、同市水道町に住んでいた銀行員の長女、市立寄居中一年、横田めぐみさん(当時十三歳)の失跡状況と酷似することが明らかになった。
当時の新聞報道や、めぐみさんの父親によると、午後六時三十五分ごろ、バドミントンのクラブ活動を終え、友人と三人で、五百メートルほど離れた自宅へ徒歩で向かった。すでに辺りは真っ暗。家まで三分のところで友人と別れて家の方へ向かったのを最後に行方を絶った。警察犬の追跡は、自宅から百メートルほどの曲がり角でぷっつり。その先にも民家が数軒あったが、百メートル先は防風林の松林、雪捨て場、日本海。
新潟中央署は公開手配し、事件、事故、自殺などあらゆる可能性を調べ、巡視艇、ヘリコプターを動員して捜索したが、手がかりはつかめずに終わった。
工作員の証言に登場する少女と、めぐみさんは、年齢が十三歳、バドミントンのクラブ活動をしていた、海岸近くでの失跡−の共通点がある。また、「双子の妹」とされることについても、めぐみさん自身ではなく、四歳下に双子の兄弟がいるなど、偶然とは思えない符合もある。
昭和五十三年には日本海沿岸などでアベック連続蒸発事件が発生し、国会答弁で政府は北朝鮮の犯行関与を示唆しているが、公安当局は、めぐみさんについても慎重に情報収集を進めている。
【産経新聞 平成9年2月3日付朝刊1面】
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