九月十八日、韓国東海岸の江原道江陵市沖で、座礁した北朝鮮の潜水艦が発見された。武装スパイや乗組員ら計二十六人が上陸したとみられ、十一月七日に大規模な捜索を終了するまで、人民軍上尉一人を逮捕、二十四人が射殺、または死体で発見された。韓国側も反撃を受けたり、誤射などで兵士、民間人合わせて十六人が犠牲となった。
北朝鮮は九月二十二日に「訓練中に機関故障で漂流」と発表して以降、潜水艦と乗務員、遺体の無条件返還を再三求めるとともに、「被害者としての権利」として報復を示唆する声明なども出し、南北関係は険悪化した。
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韓国・東海岸に潜水艦で侵入した北朝鮮の武装工作員二十六人のうち唯一、捕まった人民武力省偵察局所属の李グァンス上尉(三一)は二十九日、ソウルで記者会見し、北朝鮮当局が事件を「通常訓練中の潜水艦が機関故障で漂流したもの」と主張していることに対し、「自分は潜水艦の操だ手だ。訓練中というのはウソである。われわれは偵察局長らに見送られて出港し、自分が手伝って偵察組を侵入、上陸させた。当事者の自分がよく知っている」と否定した。
また、侵入目的については「任務はお互い秘密で、われわれ戦闘員(乗組員)と偵察組は艦内でも寝食をはじめ全く別行動になっていて正確には知らない。しかし偵察組の主要任務は軍事基地や後方での偵察・破壊、重要人物の誘拐・殺害、後方かく乱などだ。今回、幹部の偵察局海上処長(大佐)らが乗り組んでいたことからして戦争に備えるため何か大きな目的があったと思う」と語った。
李上尉によると、所属部隊は東海岸の咸鏡南道楽園にある偵察局第三基地二十二戦隊二編隊一号潜水艦で、このほか第一基地が西海岸の平安南道平原、第二基地が平壌近くの南浦にあり、二十二戦隊は潜水艦四隻と潜水艇一隻を保有していた。また二十二戦隊では千トン級の工作員潜入用の潜水艦を建造中と証言した。
李上尉は過去の同じような韓国侵入作戦について、「三回ほど行ってきたと聞いた」といい、逃走中の残り三人の武装工作員の行方については「南北軍事境界線を越える訓練をはじめよく訓練されているので既に北に逃げ帰っていると思う」と述べた。
仲間十一人が死体で発見されたことについては「秘密を守るため祖国と首領のため自爆するよう教育されている。また自爆すれば英雄となり家族は幸せが保証される。したがって海上処長か艦長の指示で逃走組が射殺したものとみられる」といい、住民三人の殺害については「見つかればやるかやられるかだ。任務遂行のためには住民も殺さなければならない」と断言した。
今回の潜水艦侵入で韓国軍の警戒体制が問題になっているが、李上尉は「警戒には限界がある。水中探知機も海中の温度差が大きいため効果的でない。安心して侵入してきた」という。
記者会見は情報機関の国家安全企画部主催で行われ、今月十三日、南北非武装地帯を越え韓国に亡命してきた北朝鮮の第一師団民警隊所属、郭キョンイル中士(二五)も同席した。
産経新聞1996年10月30日 東京朝刊
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