北朝鮮拉致事件関連年表・資料

 

森首相「不明者として第三国にいたという方法も」
 

森首相、拉致「不問」解決を打診 「不明者として第三国にいたという方法も」
 
 ◇97年の与党訪朝
 【ソウル20日前田浩智】森喜朗首相は20日のブレア英首相との首脳会談で、自民党総務会長時代の1997年に自民、社民、さきがけの与党3党の訪朝団団長として朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問した際、日本人拉致(らち)問題について「行方不明者ということでもいいから、北京でも、パリでも、バンコクでも、そこにいたという方法もあるのではないか」として、拉致された日本人を家族の元に帰すことを優先させ、第三国で発見される形での解決策を示していたことを明らかにした。首相はこのあと記者団に「私や政府が今、そう考えているわけではない」と釈明したが、北朝鮮の関与など真相究明を棚上げする案だけに、国内で反発を招きそうだ。 
 森首相はブレア首相に対し、拉致問題について「人道上の大きな『石』を取り除かなければ、国民の理解は得られない」と述べたうえで、第三国で発見されたという解決策を日本側から提案した理由について「北朝鮮はメンツを重んじる国だから」と説明した。北朝鮮の反応については「明確な返事を頂いていない」と語った。
 これについて首相は20日夜、ソウル市内で記者団に「外務省は(訪朝の)前から『行方不明』という形を取っており、(訪朝団副団長の)中山(正暉前建設相)さんが『そういうやり方もある』と(北朝鮮側に)説明した。しかし(北朝鮮側から)『行方不明者はない』と返事が来た」と説明した。
 97年の与党3党訪朝団をめぐっては、北朝鮮が100万トンのコメ支援を要請。訪朝団の議員の一人が「50万トン程度なら検討する」と述べたことから、北朝鮮側がコメ支援について、日本の約束済み支援と受け止めているという経緯もある。
(毎日新聞2000年10月21日)

 

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どんな形でも… 解決遠のく 北朝鮮・拉致事件の森首相発言、不明者家族ら複雑

 
 ◇「どんな形でも…」「解決遠のく」
 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本人拉致(らち)問題の解決をめぐり、森喜朗首相が自民党総務会長時代の1997年の北朝鮮側への提案をブレア英首相に明らかにしたことに対し、拉致された可能性のある行方不明者の家族らは20日、複雑な反応を示した。外交専門家からは「一国の総理として、あまりに口が軽い」と批判が起きている。

 77年に新潟市で行方不明になった横田めぐみさん(当時13歳)の父親で、「北朝鮮による拉致」被害者家族連絡会代表の滋さん(67)=川崎市=は「行方不明者の家族は高齢化しており、非常に焦りを感じている。正攻法でだめな場合、たとえそういう形でも解決するのであれば、家族も喜ぶのではないか」と胸の内を話す一方、「北朝鮮に(拉致された人が)何人いるのかが分からないので、何人かが帰れたとしても、残りの人たちがどうなるのかという点に問題がある」と、複雑な心境を語った。

 また、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(東京都文京区)の荒木和博事務局長(44)は「行方不明者が帰ってくることが一番大事であり(他の国にいたことにするのは)方法として考えられなくはない。しかし、公式の場でこうした発言をするのは軽率だと思う。北朝鮮が今後何らかの形で拉致問題に対応する際の逃げ道をふさいでしまい、結果的に解決できなくなるのではないか」との懸念を示した。

 一方、埼玉大の吉田康彦教授(予防外交論)は「一国の総理として、あまりに口が軽い。まして直接関係のない英国のブレア首相に話すとは」とあきれる。「森首相は、自分がずっと拉致問題について努力してきたことを言いたかったのでしょう。南北、米朝関係が動き、日本はバスに乗り遅れたくない。森さんは来年前半にも日朝国交正常化を実現して歴史に名を残したいと一生懸命だ。その功を焦っての発言とも言える」とみる。
(毎日新聞2000年10月21日)

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森喜朗首相の発言に関する説明の推移
 
 ◆森首相(20日、ソウルで同行記者団に)
 「1997年に与党訪朝団の団長として行った時に、拉致問題議連会長でもある中山(正暉前建設相)さんから話が出た。北朝鮮側の立場もあり、メンツもあるから、拉致をしたということを認めていないわけだから、行方不明者としての考え方があるんじゃないか、例えば北京、バンコク、よその国にいたということで、そっと移していただいて、そこにいたということに出来ないだろうか、中山さんは正式にそういう話をした」
 「行方不明者として調査してもらえないかということは、その前から外務省も先方(北朝鮮側)にもきちっと言っている。初めて申し上げたわけでない」
 「ただ、今なお私が、そういう考え方を持っているとか、そういう提案をして解決しようと思っているわけではない」
 
 ◆中川秀直官房長官(23日、記者会見)
 「中山先生が個人的な考えとして述べられたものを(ブレア英首相に)紹介した。今の首相の考え、政府の方針を言ったものではない。(今後の解決法については)特定の方針を固めているという事実はない」
 
 ◆森首相(24日、衆院本会議答弁)
 「北朝鮮側との激しいやり取りの結果、行方不明者として調査を行うことを説明した中で、訪朝団の副団長である中山議員が一つの解決策として述べられたことを紹介したものだ。問題により発言を分担していたが、拉致問題については中山副団長から話をした」
 「やり取りの結果、行方不明者として調査を行うことになったことについては与党訪朝団の記者会見において既に一般に明らかにしており周知のことだ。また、このようなやりとりをした中山議員は、訪朝団として帰国した後も、種々の機会に同様な発言をしていることもご承知の通りだ」
 「現時点において行方不明者として第三国に出現させるなどの特定の決着法を固めているわけでなく、またかかる方法を北朝鮮側に提案しているとの事実もない」
 
◆中川長官(24日、記者会見)
 中山氏の「個人的考え」という言い方は適切さを欠いた。中山議員をはじめ、ご迷惑をかけて申し訳ない。
[毎日新聞2000年10月25日]