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朝日新聞 夕刊 1985年(昭和60年)6月28日 金曜日 |
日本人ら致、身代わりスパイ宮崎から北朝鮮に韓国発表 工作員ら3人拘束【ソウル二十八日=小林(慶)特派員】韓国の国家安全企画部は二十八日、大阪の中華料理店に勤務していた日本人コック を朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)にら致し、本人になりすまして日本に住み、スパイ網をつくって活動を続けていた北朝 鮮スパイ、辛光洙(五六)=朝鮮労働党所属=と、辛に抱き込まれスパイ活動を行っていた金吉旭(五七)=大阪市、衣類小 売商=、方元正(五〇)=東京都、ニューコリアン酒屋経営=の三人を国家保安法違反、スパイ罪などの容疑でソウル地検に 身柄とともに送検したと発表した。日本人になりすましてスパイ活動をした例は過去にもあるが、そのため日本人を北朝鮮に ら致したケースは今回が初めてといわれる。同部の発表によると、主犯の辛は北朝鮮の最高首脳から「日本人をら致し、本人になりすまして在日工作を続けよ」との指 令を受け、八〇年四月、李三俊・在日朝鮮人大阪府商工会元理事長らと計画を練り、李氏が経営する中国料理店「宝海楼」= 大阪市天王寺区下味原=に勤める日本人コック原敕晃(ただあき)さん(四九)が独身で身寄りの少ないことに目をつけた。 八〇年六月、原さんを「良い職場を世話する」とだまして宮崎県青島にある李吉炳・在日朝鮮人大阪府商工会長所有の別荘に 連れ込んだ。さらに青島海水浴場の児童公園に誘い出したうえ、ここで待ち構えていた北朝鮮工作員四人と力ずくで口をふさ ぎ、手足をしばった後、袋に入れて八人乗りゴムボートで五百メートル沖に待機していた北朝鮮の工作船に移し、辛が同行し て北朝鮮へ連れ去ったという。このあと辛は、原さんの経歴、家族の構成、過去の生活から中国料理法までマスター、完全に 本人になりすまして、八〇年十一月、日本に不法入国し、原さん名義の旅券、運転免許証、国民保険証などの発給を受け、韓 国へ来るなどしてスパイ活動を続けていたという。 辛は、日本で在日僑胞十二人のスパイ網を作り上げる一方、朝鮮総連系の在日僑胞を在日韓国居留民団(韓国系)に偽装転 向させ、その友人である李成洙氏(四七)=会社副社長=らを巻き込んで韓国の国家機密を集めていたという。去る二月二十 四日、辛は組織点検のためソウルを訪れたが、李副社長が自首したためスパイと分かり同月二十六日逮捕された。 同部は主犯、辛が日本人になりすました際使っていた戸籍などの各種文書、北朝鮮の指令受信装置、暗号書、抱き込み対象 者名簿など多数を押収し発表している。 さらに同部によると、原さんは本籍が島根県松江市天神町四五ノ九で、長崎市鍛冶屋町七二で生まれ、長崎で中学校を卒業 したあと、長崎市立商業学校を三年で中退、五八年から大阪市の中華料理店を転々としながらコックを務めていたという。原 さんは身寄りが少なく、母親の違う兄、原康二さん=長崎市浜町在住といわれる=がいるが、この二十年間接触がなかったと いう。 辛の自供によるとら致された原さんは北朝鮮で「元気でいる」という。 ◇ 長崎市立長崎商業高校の話では昭和三十一年五月末に同校を病気中退した生徒に「原勅晃(ただあき)」という人がいた。 昭和十二年八月二日生まれで、当時長崎市東浜町(現浜町)に住み、両親が亡くなっていたらしく兄の耕一さん(五八)が保 護者になっていた。耕一さんは現在、浜町の商店街で万年筆店を経営している。 「寝耳に水…何のことか」商工会幹部ら李三俊・元理事長は朝鮮籍の在日二世。在日朝鮮人大阪府商工会の役員などを歴任し、約六年前に「宝海楼」を始めた。韓 国政府発表のスパイ事件を報道関係者から聞き、「寝耳に水で驚いている。私には何のことかわからない。原という人物は確 かに数年前まで店で働いていた。しかし、『体がもたない。やめたい』と言い出したので、仕事ぶりもまじめでなかったので やめてもらった」と話している。また、同商工会の李吉炳会長(七〇)は二八日、朝鮮総連中央本部で「びっくりしている。宮崎へは終戦直後に一度だけ行 ったことがあるが、別荘など持っていない。原という日本人も、もちろん知らない。南北の対話ムードに水をさすひどいでっ ち上げで許せない」と話した。 李吉炳会長は、済州島出身の在日一世。戦前から日本に住んでおり、同商工会の副会長を経て、三年前から会長。 〈注〉在日朝鮮人大阪府商工会 大阪府下の在日朝鮮人商工業者の権益を守るため、終戦直後につくられた組織で、会員約 五千二百人。在阪の朝鮮人の商工業者の団体では最大で、大阪市北区中崎に本部、大阪府下二十四カ所に地域の商工会がある。 過去にも ら致事件?警察庁、情報入手を急ぐ 日本人になりすました「北朝鮮スパイ」が韓国で逮捕された事件について警察庁は二十八日、過去にも日本人がスパイにら 致された疑いのある事件が起きているため事態を重視、大阪、宮崎両府県警に対し、原さんが行方不明になった前後の行動の
確認など実態の解明をするように指示した。また、外務省を通じ、逮捕された北朝鮮スパイの供述などの情報入手を急いでい る。
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毎日新聞 夕刊 1985年(昭和60年)6月28日 金曜日 |
身代わりスパイ逮捕
警察庁事実調査を指示
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