自然体を身に着けよう 素直になれば解決できる

(毎日新聞03年1月1日社説)



 内憂外患の年明けとなった。外にはイラク問題と北朝鮮対策を抱え、内には不良債権処理本番に経済活動の低調さが重なる。巨額の国の債務はますます増えるばかりで、改善の展望もない。先行き不透明感は増し、世間は心配事ばかりがつのる。与野党とも構造改革推進とばらまき再開の両にらみで、日本の将来像などどこ吹く風、政局の方が大事と小泉政権をすきあらば倒そうと構えている。ろくでもない年明けだ。
 だがそうした抽象的な事象を並べるのでなく、現実の世間を見渡せば、東京のビル開発は史上空前の盛況で高層ビルが林立し、新しい店は全国からの客で満員、繁華街はブランドショップが埋め尽くす。若者は恒常的に海外に出かけ、不況と騒ぐわりに、個人金融資産1400兆円は、物価下落で実質購買力を上げながら世界一の量を誇っている。ペイオフできずに再々延期するほどお金があふれている。おかしな世の中だ。どこかに大きなうそがある。

●将来は見えている

 将来不透明どころか今ほど透明に見通せるときはないのが現実ではないか。このまま時がすぎていけば、イラクは確実に爆撃され、万の単位で人が死に、戦後復興費用は世界に分担して課せられる。北朝鮮とは刻々と関係が悪化、北朝鮮の民は貧困と飢えにあえぐ。いずれ大混乱と外との衝突がおこる。
 国の借金は拡大する一方でボツワナ以下になった国債格付けはさらに下げられ、国債を買う魅力はなくなる。仕方なく日銀が引き受ける緊急措置をとる。デフレ解消と称してこの禁じ手を使えば、デフレは消え円安になるが、それで景気がよくなることはない。同時に金利も上がる。たった1%強の金利上昇で公的借金の利払いは消費税全額相当の10兆円の税金を吹き飛ばす。大量の国債を抱える金融機関は巨額の損だ。損をしまいと売り払い、ますます金利は上がり企業も個人も破たんする。
 デフレを解消すれば何とかなるというのはうそである。あちらを立てればこちらは立たない。そういうふうに世の中はできている。これほどはっきりと将来が見えている時はない。われわれはただそれをいやだから見ないふりをしている。
 あたかもこの世には名案や正しい政策があって、それをやらないからうまくいかないのだと錯覚しているようだ。ハリー・ポッターの魔法のような手は存在しないのだ。
 たとえば730兆円の借金はインフレだろうがデフレだろうが1円ずつ返していく以外に方法はない。少子高齢化で年金を受け取る人は増えるが払う人は減っていく状態で、このままの年金をずっと受け取る方法などない。払いを増やすか受け取りを減らすか小学生の計算だ。
 政府はそれをあたかも打ち出の小づちがあるような計算をしてみせるがむなしい。政府への疑いが増すだけだ。一事が万事、政府全体が信用されない布石を打っているようなものだ。
 立派な知事たちもいざ自分の県の高速道路になると絶対に必要だと声を合わせて主張するのも悲しい風景ではないか。
 道路族議員と知事たちは国の約束だと言い、道路関係4公団民営化推進委員会の回答を素人のたわごとと扱うが、間違っている。国の約束が守られないことなど、国会議員選挙の1票の格差や戦争放棄の憲法の下でこれまでたくさんの戦争にかかわり今年もかかわろうとしていることに始まり、財政法で原則禁止の赤字国債を恒常的に出していることまで数えあげればきりがない。すべて国会が承認した上での約束変更だ。高速道路だけ絶対に約束を守る理由などどこにもない。
 普通に自然体で考えてみようではないか。確かに今日本はどこをとってもけっこう危機的な状況がある。銀行の貸しはがしから寸借詐欺のように自衛隊がインド洋で戦争支援の準備をしていることまで。子供たちや家庭内暴力など異常な生態から犯罪形態の変化など社会現象の異変が、どこかで普通でない政治や政府や企業の行動とつながっているような気がする。

●政府頼りはつけが残る
 
普通に考えておかしいことを一つずつ直していけばいいだけのことである。これ以上借金を増やせないから道路造りは少し待てや、調子よくなったらまた造るから。若い人からそんなにお金を吸い上げられないから年金を集金に見合って減らすので我慢してください。企業も月給を下げるのだから、税金で払う公務員の年収を下げさせてもらいます。銀行も昔いい目を見すぎた咎(とが)なのだから、企業つぶしばかり考えないで、自分のリストラと企業育成をがんばってください。北朝鮮もそうむきにならないでいろいろ話せばお互い得する道が見えてくるのだから……と。実に当たり前のことを当たり前に考えれば道は開けてくるではないか。そのためには現実を直視することだ。
 お正月、大方の日本人は世界有数の幸せな毎日を送っていることにまずは感謝。次にこの状態を危機と呼べるぜいたくに感謝することから始めたい。
 道半ばで中途半端な小泉改革を全部進めてみるのが分かりやすい。もはや小泉純一郎首相個人の能力問題ではない。彼ではできないといえるほど立派な方法も人もさしあたりないのだから。時間がたつと必ず足を引っ張り始め日替わり首相を作り出す政治はもう見飽きた。そんな政局より再生への共通認識を、税金でわれわれが雇っている政治家たちに期待したい。