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電脳補完録 拉致問題解決まで

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 News : 北朝鮮外務省の課長、金賢姫元工作員について「祖国を裏切った女の話をする価値はない」
        投稿者 trycomp 投稿日時 2010-7-23 0:23:43 (327 ヒット)
News
金賢姫(キム・ヒョンヒ)元工作員について、ベトナム・ハノイを訪れている北朝鮮外務省のリ・ドンイル課長は、FNNの取材に対して、「祖国を裏切って親を捨てた女について、話をする価値はない」と述べた。
北朝鮮側が、元工作員について言及するのは、1992年以来とみられるが、当時は「元工作員の自叙伝に記された内容は、すべてうそだ。北朝鮮と無理やり関連づけようとする策略だ」と主張していただけに、今回の発言は金元工作員が北朝鮮の出身だったということを認めた形になる。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00181198.html
 News : 金賢姫元工作員、拉致被害者家族と面会 横田 めぐみさんと会ったのは1984年と明らかに
        投稿者 trycomp 投稿日時 2010-7-22 21:06:51 (198 ヒット)
News
来日している大韓航空機爆破事件の実行犯・金賢姫(キム・ヒョンヒ)元工作員と拉致被害者の家族との面会が行われ、その中で金元工作員は、北朝鮮で横田 めぐみさんと会ったのが、1984年だったことを明らかにした。
田口 八重子さんの兄・飯塚繁雄さんは、「きょうのことをきっかけにして、政府はさらなる情報収集にあたってもらいたい」と話した。
有本恵子さんの母・嘉代子さんは、「生きてますよということを言われました。あの方もね、生きているから、がんばってくださいよ。そんなに悲観しないで、希望を持ってがんばってくださいねって、励ましてくださいました」と語った。
金元工作員と家族との面会は、都内のホテルでおよそ1時間半余りにわたって行われた。
その中で金元工作員は、横田 めぐみさんと会った時期が1984年だったことを明らかにしたという。
金元工作員は、同じ時期にマカオ出身の拉致被害者から中国語を学んでいて、そのことで横田さんと会ったことが記憶に残っていたという。
また面会では、拉致被害者の家族がそれぞれの肉親の写真を金元工作員に見せながら、「聞いたり見たことはありませんか?」と聞いたが、「見た人はいない」と答えたという。
一方、中井拉致問題担当相が、22日午前の会見で、「田口 八重子さんが6〜7年前まで元気にしていたという情報に接している」と述べたことについて、田口さんの兄の飯塚繁雄さんは「信ぴょう性はわからないが、きちんと精査し、自信を持った報告を待ちたいと思う」と述べ、今後の政府の対応に期待をにじませた。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00181210.html


西岡力救う会会長:横田めぐみさんと金賢姫の面会時期は1987年1月と推定できる。


横田めぐみさんご両親と金賢姫の懇談結果を受けて、以下のような解説を救う会メールニュースに書きました。

★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2010.07.22)

■横田めぐみさんと金賢姫の面会時期は1987年1月と推定できる。

西岡 力(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会会長)


7月22日午前、軽井沢で持たれた記者会見で、横田滋、横田早紀江ご夫妻は、21日夜金賢姫から聞いた、めぐみさんとの面会について次のように語った。
・ 金賢姫がめぐみさんの会ったのは1回だけだ。

・ 中国とか海外での仕事を終えて北朝鮮に帰ってきて淑姫から「久しぶりだからめぐみちゃんに会いに行くから一緒に行かないか」といわれて会いに行った。

・ 時期、場所は分からない。

・ 何回も会ったとか、お腹が大きいのを見たという話しは間違いであり、金賢姫から訂正を頼まれた。


金賢姫と金淑姫の当時の動向を調べてみると、金賢姫は1984年12月と1987年1月の2度、海外での任務を終えて帰国している。このうち1987年1月の帰国後に、金賢姫、金淑姫、横田めぐみの面会があったと思われる。

金賢姫は1985年7月に淑姫と共に中国広州に行って中国人化実習をし、86年8月マカオに移りやはり2人で自炊生活をしながら実習を行なった後、1987年1月に2人で平壌に帰った。2人は帰国後、同年9月まで龍城5号招待所で思想再武装教育を受ける。

1987年1月に重弔瓩阿澆気鵑蓮田口さんと86年に分かれ韓国人拉致被害者金英男と結婚した。同じく86年に中和郡忠龍里招待所を出て、北朝鮮の発表では太陽里、安明進証言では金正日政治軍事大学境内の外国人教官宿舎に住んでいた。実は、太陽里も金正日政治軍事大学も、金賢姫と金淑姫が入った龍城5号招待所と近い場所にある。本来、任務と関係ない教官に会いに行くことは禁止されている。しかし、近くにめぐみさんが住んでいることを招待所関係者から聞いた淑姫が「久しぶりだからめぐみちゃんに会いに行くから一緒に行かないか」と金賢姫に誘ったということは十分あり得ることだ。

もしこの時期に面会があったとすると、めぐみさんは妊娠1から2ヵ月であったことになる。金賢姫の話しのように「お腹が大きいのを見たのは間違い」だが、妊娠中のめぐみさんに会ったことにはなる。情報が一部ゆがんで伝達されたとするとつじつまが合う。

一方、もう一つの可能性である1984年12月は、同年7月に金賢姫が金淑姫と別れて金勝一と一緒になり海外実習を行なって帰国した時になる。この時のことを金賢姫は2009年3月11日、釜山で飯塚繁雄、飯塚耕一郎親子に次のように証言している。
「85年1月、海外実習から帰ってきて淑姫と合流した。そのとき淑姫は、84年末に田口さんとめぐみさんと淑姫の3人で市内から遠く離れた招待所で一緒に生活したと言っていた。淑姫によれば、そこは電気事情が悪く寒いので、服を何枚も着重ねていたということである」

また、帰国した被害者は同じ時期のことについて以下のように証言している。
「(平壌市南にある中和郡忠龍里1地区の1号招待所に蓮池夫妻、7号招待所に地村夫妻が生活していた。)1985年1月前後に、1地区3号招待所に、田口八重子さん横田めぐみさん、スッキと呼ばれる朝鮮女性の3人を見かけた。その後、スッキは見えなくなり、田口八重子さんと横田めぐみさんが1地区3号招待所で暮らしていた」

もしこのとき金賢姫がめぐみさんと面会したのであれば、当然、めぐみさんと同居していた田口八重子さんとも再会していなければならないし、中和郡忠龍里の招待所だと特定できなければならない。だが、金賢姫はその時期の田口さんと会っていない。会っていれば飯塚さん父子に伝えているはずだが、それはない。したがって、金賢姫がめぐみさんに会ったのは、1984年12月ではないだろう。

http://tnishioka.iza.ne.jp/blog/entry/1710231/



 News : 中井氏発言を疑問視 飯塚耕一郎さん「今後に影響ないか懸念」
        投稿者 trycomp 投稿日時 2010-7-22 16:16:07 (314 ヒット)
News
中井洽拉致問題担当相が記者会見で、拉致被害者田口八重子さんについて「6、7年前まで元気でいた」との情報を明らかにしたことに対し、田口さんの長男飯塚耕一郎さん(33)は22日、共同通信の取材に「発言の趣旨は分からないが、今後の情報収集や(田口さんとの)接触に影響が出ないか懸念している」と疑問視する姿勢を示した。

 飯塚さんは「中井担当相から情報は聞いていた」とした上で「どこに、誰と住んでいたかなど細かい話はなかった。ディテールを詰める調査が必要だ」と指摘。韓国の拉致被害者家族会の代表が明らかにした生存情報についても「精度がはっきりしない。日本政府の救出への対応が決まらないと手放しで喜べない」と話した。

http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20100722049.html
 News : 「田口さん、6〜7年前まで元気」 中井担当相が会見で明かす
        投稿者 trycomp 投稿日時 2010-7-22 13:23:36 (193 ヒット)
 中井洽拉致問題担当相は22日、国家公安委員会後の定例会見で、拉致被害者の田口八重子さん=拉致当時(22)=が「6〜7年前まで平壌で元気でいたという情報に接している」と述べた。田口さんの家族にも「それとなく申し上げている」と話した。
 韓国の家族会関係者による田口さん生存情報にからみ、「あらゆるところに(拉致問題の)協力を要請しており、いろんな情報がある」としたうえで、田口さんの家族に伝えた情報は「誰からいつの情報かはお話しできることではない」と語った。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100722/crm1007221210009-n1.htm


6〜7年前まで元気との情報
拉致問題を担当する中井国家公安委員長は22日の記者会見で、拉致被害者の田口八重子さんについて、6〜7年前まで北朝鮮で元気でいたという情報があり、八重子さんの家族に伝えたことを明らかにしました。
中井国家公安委員長は22日の記者会見で、「韓国の拉致被害者の家族会の代表が『田口八重子さんが今も北朝鮮にいる』と話しているが、情報はあるのか」と質問を受けました。これに対し、中井国家公安委員長は「韓国の家族会の代表が言ったような状況とは別に、田口八重子さんが、6〜7年前まで北朝鮮で元気でいたという情報がある」と述べました。そのうえで、「今、元気で、どこにいるというようなところまで情報の分析や追跡はできているとは聞いていない」と話しました。さらに、「だれからどういう情報を得たかということについて、お話しできる事柄ではないと考えていますが、家族にはそれとなくお伝えしています」と述べ、情報を八重子さんの家族にすでに伝えていることを明らかにしました。八重子さんの消息をめぐっては、北朝鮮は1986年の7月に自動車事故で死亡したと伝えてきていますが、帰国した拉致被害者らは「その時期以降も八重子さんは生きていて、軍の拠点に連れて行かれ、その後、韓国人と結婚したと聞いた」などと証言していました。(NHK)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20100722/t10015889841000.html
 News : 「田口八重子さんは平壌在住」 韓国団体が情報入手
        投稿者 trycomp 投稿日時 2010-7-22 13:23:00 (215 ヒット)
News
 韓国の北朝鮮拉致被害者家族でつくる「拉北者家族会」の崔成龍代表は21日、1978年に拉致された田口八重子さんが平壌の万景台区域にある集合住宅に住んでいるとの情報を、最近北朝鮮関係者から聞いたと明らかにした。既に日本政府に伝え確認作業が行われているとみられるという。
 北朝鮮は、田口さんが拉致された後に原敕晁さんと結婚し、86年に交通事故で死亡したと主張してきた。
 崔代表は、同じ情報源から、田口さんが韓国人の拉致被害者と結婚したとも聞いたと話した。
 田口さんの死亡を北朝鮮が主張するのは、大韓航空機爆破事件を実行したことを国として認めていないため、実行犯の金賢姫元工作員に日本語を教えた田口さんを帰国させることができないとの説明を受けたという。
 崔代表はこれまでに北朝鮮から韓国人拉致被害者7人を脱出させ、北朝鮮内部に通じる情報源を持つ。2005年には横田めぐみさんが韓国人拉致被害者、金英男さんと結婚したとの情報を入手し、事実と確認されたことがある。
(共同)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2010072101001287.html?ref=rank


 News : 金賢姫元死刑囚:特定失踪者「見たことある気がする」
        投稿者 trycomp 投稿日時 2010-7-22 13:21:07 (191 ヒット)
News
 北朝鮮の元工作員、金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚(48)は21日、滞在中の長野県軽井沢町で、拉致被害者の田口八重子さん(行方不明時22歳)、横田めぐみさん(行方不明時13歳)の家族と面会した。拉致の疑いが濃厚とされる「特定失踪(しっそう)者」については「(北朝鮮で何人か)見たことがある気がする」などと話したが、詳細は語らなかったという。金元死刑囚は「愛する息子。お母さんは必ず戻ってきます」と田口さんの長男、飯塚耕一郎さん(33)の手帳にメッセージを書き、別れを惜しんだ。【袴田貴行、黒田阿紗子】

 田口さんの家族との面会は予定を大幅に上回り4時間40分に及んだ。昨年3月に韓国で会った際の約束通り、金元死刑囚はプルコギ、チヂミなどの韓国料理を作った。料理を手伝った耕一郎さんに「八重子さんはハンバーグを作るのがうまかった」「指導員がいる閉鎖的な雰囲気の中では(拉致の状況などの)話はできなかった」などと語ったという。

 昨年3月に渡した特定失踪者ら300人近くの写真が載ったチラシについて耕一郎さんが聞くと、「見たことがある気がする」と話したが「詳細は日本の当局に言ってある」と多くは語らなかった。

 金元死刑囚は「希望と勇気を持ってください。私たち皆が会って楽しむことができる日を待ちながら」とも手帳に書き、「必ずまた会いましょう」と抱擁した。耕一郎さんは会見で「単純な面会で終わらせられない。金さんと飯塚家だけでなく大きな交流ができれば、特定失踪者を含め新しい情報が出てくると思う」と期待を込めた。

 一方、横田めぐみさんの父滋さん(77)と母早紀江さん(74)、双子の弟は21日夜、軽井沢町に到着し、金元死刑囚と初対面した。

 早紀江さんは同日午後、新潟県聖籠町で講演し、初めての面会について「ちょっとでも小さな風穴が開いて、私たちが祈り続けてきたことが本当にいよいよ実現するのではないかと今、非常に希望がある」と話していた。

http://www.mainichi.jp/select/jiken/news/20100722k0000m040094000c.html


[調査会NEWS944] (22.7.21)<10・23東京集会開催!>

■聞きっぱなしはやめよb求@                        荒木和博

 本日軽井沢での飯塚耕一郎さんの記者会見で、金賢姫が田口八重子さんや横田めぐみさん以外に見たことがあるような気のする人物がいるという趣旨の(正確な言葉は分かりませんが)話をしていたと伝えられました。「詳細は警察当局に言っている」と金賢姫は語ったそうです。

 「警察当局に言っ」たのはもちろん今回ではなく、昨年飯塚繁雄さんと耕一郎さんが訪韓して金賢姫に会った前後のことです。つまりそれから1年間、情報があっても事態は何も動いていなかったということになります。警察は、そして政府はこの間いったい何をしていたのでしょう。まさか「確認ができない」とか言って隠蔽してきたわけではないと思いますが。

 これまでもそうですが、いくら情報を収拾してもそのままでは何の意味もありません。隠すなら具体的な救出の手はずを進めるか、それができないなら家族はもちろん、国民にも知らせるべきです。せっかく厖大な労力をかけて情報収集のために彼女を呼んできたのなら、明確な成果を出さなければ意味がありません。最も優先されるべきは「救出」であり、そのための情報収集です。そのことを忘れてはいけません。



いやぁ、警察の肩を持つわけではないですが、本当に「詳細は日本の当局に言ってある」んですかね? 言ったとしても、耕一郎さんが渡したのは特定失踪者の顔写真が掲載されたポスターでしょうが、そのうち何人かの顔を「見たような気がするが、よく覚えていない」って程度の話しなんじゃないですかね。

そもそもは飯塚耕一郎さんがポスター等の資料を渡して「誰か見たことはありませんか?」ってのがきっかけなんだから、見たことがあるのなら耕一郎さんにこそ話してあげればいいのに。『愛する息子』なのに何で話してあげないんだろう。
 特定失踪 : 「拉致濃厚」朝日出身・布施範行さんの母訴え「会いたい」 /山形
        投稿者 trycomp 投稿日時 2010-7-21 16:08:14 (272 ヒット)
 ◇「北朝鮮で目撃」調査会に情報

 北朝鮮の元工作員、金賢姫(キムヒョンヒ)元死刑囚が、拉致被害者の家族と面会するため20日来日したが、77年3月に失踪(しっそう)し、特定失踪者問題調査会(荒木和博代表)が「拉致濃厚」とする朝日町出身の布施範行さん(当時23歳)の母マサ子さん(81)=山形市在住=は「監視つきで話ができなくてもいいから、一日だけでも息子と会いたい」と涙ながらに訴えている。【和田明美】

 マサ子さんや調査会によると、布施さんは名古屋市のプレハブ工事現場でアルバイトをしていたが、77年3月、妹に、自分の顔写真4枚、残高17万円の預金通帳、印鑑などが入ったスーツケースと手紙を送った。手紙には「沖縄の友人宅へ遊びに行く。2、3カ月は帰ってこないので当所(下宿)を引き払って荷物は友人の所に預けておく。ではサラバ」などと書かれていた。これを最後に音信不通となった。その後、下宿の大家は、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の分会長を務めるなど、北朝鮮とつながりがあったと分かった。

 また失踪半年後、実家に「小学校の同級生のヤマダ」を名乗る女から「範行さんはいますか」とザーザーと雑音が入る電話があった。家族が調べたが「ヤマダ」という同級生はいなかった。1年後にも所在だけを尋ねる電話があった。調査会は「見知らぬ者から所在を尋ねる電話があるのは、ほかの特定失踪者と同様」という。

 また03年2〜5月、外国人とみられる男性から6回にわたり「範行を北朝鮮平壌周辺で目撃した」という情報が調査会に寄せられた。

 両親は拉致濃厚として05年1月、山形県警に告発した。国は布施さんを拉致被害者とは認めていない。

 告発から5年。父嘉隆さん(86)は高齢者施設で寝たきりとなっている。マサ子さんは「範行は、ジャガイモのソースがけが好きだった」と思い出して涙ぐんだ。そして「警察だけではどうにもならない。政府も力を入れてほしい」と訴えた。

http://mainichi.jp/area/yamagata/news/20100721ddlk06040051000c.html


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布施 範行(ふせ のりゆき)
当時:23歳
生年月日:昭和29(1954)年2月9日
失踪年月日:昭和52(1977)年3月
性別:男
当時の身分:プレハブ工事現場でアルバイト
当時の居住地:愛知県名古屋市
失踪場所:愛知県名古屋市?
失踪当時の状況:昭和52年3月、東京に在学中の妹にスーツケースが送られてきて、預金通帳、印鑑などが入っていた。その後、妹に「沖縄の友人宅に行く」と書かれた手紙が送られてきたのを最後に全く連絡が取れなくなった。
 失踪から半年後と1年後の2回にわたり、同級生と名乗る女性の声で「範行さんいませんか」という電話が山形市の実家にあったが、同級生に該当者はない。

1000番台リスト認定理由
1.名古屋での失踪時において北朝鮮関係者とのつながりがあったこと。
2.拉致以外の失踪理由が見当たらないこと。本人は、「沖縄に行く」と家族に手紙を残したが、沖縄に行った形跡が全くない。他の事件に巻き込まれた形跡もない。本人は失踪前の1月に「中華料理の料理人になりたい」と家族に漏らしていた。
3.匿名者からの目撃情報がある。



 News : 韓国政府、「公の活動は認めない」
        投稿者 trycomp 投稿日時 2010-7-20 18:44:21 (296 ヒット)
News
 キム元工作員の日本訪問にあたって、韓国政府は日本政府に、「公の活動は認めない」と非公式訪問の形をとるよう求めています。

 キム元工作員は、北朝鮮に対する融和政策をとったキム・デジュン、ノ・ムヒョン政権下では、北朝鮮を刺激する人物として表舞台に出てくることはありませんでした。

 今回の訪日についても韓国内には消極的な声が少なくありませんでしたが、人権問題と対日関係を重視したイ・ミョンバク大統領の決断により決まりました。

 訪日にあたって韓国側がこだわったのは、厳しい情報管理と徹底的な警備でした。つい最近、北朝鮮の工作員によるファン・ジャンヨプ元書記の暗殺計画が発覚しただけに、「北朝鮮は韓国側についた人物を決して許さない」と警戒をゆるめていません。

 また、南北関係に配慮し、政治家との面会や記者会見など、公の活動を極力排除したのも韓国側の意向です。

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4481474.html
 News : 元工作員来日、「拉致風化」防ぐ=政権浮揚の思惑も−菅内閣
        投稿者 trycomp 投稿日時 2010-7-20 18:43:39 (221 ヒット)
News
 政府が韓国側に強く働き掛けて実現した金賢姫元北朝鮮工作員の来日。警察当局は、拉致被害者の横田めぐみさんに「会った」という金元工作員から韓国で既に事情を聴取しており、政府内からも「新事実が出てくることはないだろう」(関係者)との声が漏れる。にもかかわらず、元工作員の来日にこだわったのは、拉致問題の「風化」を防ぐとともに、問題解決に真剣に取り組む民主党政権の姿勢を内外に訴える狙いもありそうだ。
 拉致問題をめぐり北朝鮮は2008年8月、拉致被害者の再調査を約束。しかし、09年4月の弾道ミサイル発射などで対話の機運は霧消した。同年9月に民主党政権が誕生して以降も、特段の動きはなく、手詰まり状態に陥っている。
 こうした状況に、めぐみさんの父滋さんら家族会のメンバーは事件の風化を懸念し、金元工作員の来日を政府に要望。一部に慎重論がある中、中井洽拉致問題担当相が退陣前の鳩山由紀夫前首相や後継の菅直人首相に強く働き掛け、実現にこぎつけた。「北朝鮮の人権問題について世界に日本と韓国は一体になって取り組んでいくという姿勢を示せた」。中井担当相は20日の記者会見で、意義を強調した。
 もっとも、最終的にゴーサインを出した首相官邸サイドには、政治的な効果を期待した節もうかがえる。参院選での民主党大敗で、首相の求心力は大きく低下しており、政府内からは「(金元工作員の来日で)政権にとってプラスの効果が出ればありがたい」(政務三役のひとり)との声も聞こえる。
 ただ、中井担当相が主導した4月の黄長◆(火ヘンに華)元朝鮮労働党書記の来日の際も、拉致問題に関する新たな情報はなかったとされる。また、外務省内には、北朝鮮が反発し、問題解決が遠のくとの見方もある。

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010072000699


 News : [これはひどい] 金賢姫元工作員来日へ(産経新聞)
        投稿者 trycomp 投稿日時 2010-7-19 7:06:02 (591 ヒット)
News
金賢姫元工作員来日へ 80年代初め「同僚を訪ねたとき、めぐみさんに会った」

 1987年の大韓航空機爆破事件の実行犯、金(キム)賢姫(ヒヨンヒ)元工作員(48)が80年代初め、「同僚の女工作員をひそかに訪ねたときにめぐみさんに会った」と関係者に具体的に証言していたことが18日、分かった。金元工作員は19日にも来日し、横田めぐみさん=拉致当時(13)=の両親と面会する。証言は、めぐみさんがほかの拉致被害者と別れて暮らしていた時期の内容に該当する。めぐみさんの両親にとって、対面は闇に包まれていた“時間”を照らしだすものになりそうだ。(桜井紀雄)
 ■2つの招待所
 北朝鮮でのめぐみさんの生活ぶりを解くカギを握るのが、金元工作員の同僚だった女工作員の「金(キム)淑姫(スクヒ)」だ。金元工作員は「淑姫」とともに金星政治軍事大学(現・金正日政治軍事大)に続いて平壌郊外の東北里(トンプクリ)の招待所で工作員教育を受けていた最中、「革命任務が違うのできょうから別々に勉強するように」と命じられた。
 金元工作員は東北里の別の招待所に移され、81〜83年、田口八重子さん=同(22)=と暮らしながら日本語教育を受けることになる。
 ちょうど同じ時期にめぐみさんは、東北里の「淑姫」がいた招待所で暮らし、日本語を教えさせられていた。この前後、曽我ひとみさん(51)と同居するなどし、帰国した被害者からめぐみさんの様子が伝えられていたが、「淑姫」との同居期間はいわば「空白」だった。
 別の招待所といっても丘を隔てて遠くない距離にあり、金元工作員は「淑姫の招待所をひそかに行き来していたときに淑姫の日本語の先生に会った」と日韓の関係者に証言した。

 ■「オクヒ」
 「本名はもちろん自分のことはすべて秘密にしなければならない。尋ねても答えてもダメだ」。金元工作員の手記によれば、「淑姫」と暮らす際、こう厳命されたという。「淑姫」も工作員としての偽名だ。招待所から外出するときはサングラスとマスクを付け、人とすれ違うときは傘で顔を隠す徹底ぶりだった。
 こうした厳しい規定を破ってまで行き来していたのは、同じ管理区間内の往来は監視が徹底されていなかったとみられるのに加え、工作員教育という極限を一緒に乗り越えた親友関係があった。「淑姫」と別れるとき、指輪を渡した金元工作員は「私が大切にしているものを全部あげても足りない」と手記で思いの強さを語っている。
 「『オクヒ』先生」。金元工作員に対し、「淑姫」はめぐみさんのことをこう呼んでいたことも分かった。北朝鮮が2004年にめぐみさんのものとして、日本に提出したカルテに記載された「リュ・オクヒ」の名前と一致する。北朝鮮が02年に通知しためぐみさんの朝鮮名は「リュ・ミョンスク」で、呼び名が変わったことがうかがえる。

 ■きずな
 「淑姫に迷惑がかかると思った」。これまでめぐみさんと会った事実を証言しなかった理由をこう語ったという金元工作員。
 めぐみさんが「淑姫」と離れる際に質の悪い化粧品を使って切り詰めた金で洋服やバッグを贈り、「淑姫」も大切にしていたとテレビのインタビューで語っている。工作員への日本人化教育を担わされるという“非日常”にあって金元工作員と田口さんの関係同様、めぐみさんと「淑姫」も強いきずなで結ばれていたようだ。
 金元工作員は「両親に直接すべて話したい」と話しており、これまで知られてこなかっためぐみさんの生活ぶりが伝えられる可能性が高い。
 北朝鮮は金正日総書記が指示したとされる大韓航空機爆破を「韓国の陰謀」と否定。金元工作員の存在自体を認めることができない北朝鮮は、金元工作員につながる田口さん、めぐみさんは死亡したとし、「81〜84年にめぐみさんと田口さんが同居していた」と苦しい説明に終始している。
 田口さんの兄で家族会代表の飯塚繁雄さん(72)は「金元工作員はまさに生き証人であり、日本での証言は北朝鮮にとってショッキングなこと。拉致問題への大きなインパクトになる」と期待する。
 母親の早紀江さん(74)は「(淑姫さんを)心頼りにしていたと思う。いままで見えなかった部分で、お話いただけるなら喜んでうかがいたい」と話している。

http://sankei.jp.msn.com/world/korea/100719/kor1007190138000-n1.htm


「強いきずなで結ばれていたようだ」
なに勝手なこと書いてるんだろうか。
物語を作るな。
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