since Jan 16,2003

メインメニュー
ホーム
ニュース・情報
  · 投稿する
  · 過去の投稿分
リンク集
お問い合わせ
署名/講演会情報
アンケート
特定失踪者関連記事
拉致事件関連年表
拉致・日朝友好議連
保存資料
ブルーリボン画像
ブルーリボンシール
集会参加レポート
資料・疑惑の活動
資料・大町ルート
電脳補完録ー別館
この声を聞け


NewsFlash
[News Flash]

[青木直人BLOG]

[守る会]

[真鍋Blog]

[荒木Blog]




つぶやき
アーカイブ
book

このサイトにGO!
ログイン

ユーザ名

パスワード

パスワード紛失

投稿には登録が必要です
簡単登録
Amazon

情報
電脳補完録 拉致問題解決まで

This site will look MUCH better in a browser that supports web standards, but its content is accessible to any browser or Internet device.




twitterブログパーツ by WAWAWA
 News : 曽我ひとみさん、有本恵子さん目撃を証言
        投稿者 trycomp 投稿日時 2005-5-27 8:43:27 (1893 ヒット)

 北朝鮮平壌の「外貨ショップ」で二組の風変わりなカップルがショッピングを楽しんでいた。
 一組は曽我ひとみさんとジェンキンス夫妻。もう一組はジェンキンス氏と一緒に脱走した米軍兵士と、レバノンから拉致されてきた女性のカップルである。
 一行が店内の電化製品売り場を眺めていると、一人の女性がラジカセを見ているところに遭遇した。日本人・・・?
 この女性を知っているらしく、レバノン女性は彼女に話しかけ、二人は親しげに英語で話し出した。別れた後、曽我さんがレバノン人女性に、「あの人、誰?」と聞くと、彼女はこう答えた。
 「ロンドンから拉致されてきた人よ」
 

こう始まる記事は、今日(27日)発売のフライデーの『衝撃新証言 曽我ひとみさん「平壌で有本恵子さんと会いました」』と題する記事である。この情報は昨年11月、家族支援室を通じて曽我さんから有本嘉世子さんに伝えられた。曽我さんは日本に帰ってきてから写真を見て、あれは恵子さんだとわかったという。目撃した時、男性と二人だったというが、その男性が石岡さんだったかどうかは、わからないらしい。

レバノン女性と有本恵子さんは、86年の出産の時、同じ病院に入院していて知り合った。石岡さんから北海道の実家に赤ちゃんの写真と共に「有本恵子さんと一緒にいる」としたためた手紙が届いたのが88年9月、そして北朝鮮が死亡したとしている時期が88年11月。曽我さんが有本恵子さんと出会ったのがいつなのかは、はっきりとしていないが、少なくとも出産後であることは間違いなく、86年以降ということになる。場合によっては、北朝鮮が死亡とした88年以降である可能性もある。

私達は、拉致された人々は隔離された状態で外部との接触は出来ないと思いがちだが、この証言はそうでもないことを示している。考えてみれば、石岡さんは誰かに手紙を託そうとして持ち歩いていたと思われ、そして実際にその手紙はポーランド人によって送られてきている。もちろん多くの制限がある中ではあるが、それなりに誰かに接触出来る機会はあったようだ。
またよど号犯グループによる拉致と、日本に潜入した工作員(及び日本での協力者)による拉致では系統が違うため、北朝鮮でも接触することは一切ないと言われてきたが、これも必ずしもそうではないと考えていいのではないだろうか。

救う会兵庫の長瀬会長は「帰国した5人の方々が、もっと多くの情報に接していた可能性を強くうかがわせる」と語っている。今回のこの曽我さんの情報自体、昨年11月には政府にもたらされていたものであり、他にももうすでに色々な情報があるのかもしれない。その情報を活かすも殺すも日本政府の手にかかっている。

小浜では地村さんのお子さんの帰国を願って植樹されたアスナロが2度に渡って引き抜かれた。小浜市はこれを植え替えると共に、小浜署に地村さん一家への警備を要請した。脅し、と見ることも荒唐無稽なことではない。

朝鮮総連が首相官邸の目と鼻の先で結成50周年記念パーティーを開いた。抗議活動をした萩原遼さんは「おこがましいにもほどがある」と憤ったが、そのパーティーに日本の各党が参加し、メッセージを送る。スパイ防止法もない。これで、帰国した5人に「すべてを話せ」というのは酷な話しである。

有本明弘さんは「5人は他の被害者と交わっていたときもあると思う。もっともっと話してほしい。それでどれほど心が和らぎ、希望を持つことができるか」と語っている。

日本の政治家は朝鮮総連のパーティーにメッセージを送る前にやることがある。


有本恵子さんに関しては今までも何度も生存情報が流されてきている。91年、有本・石岡・松木の三家族で実名での記者会見をしようとした際、新左翼系の書店主が「金日成の主治医と太いパイプがある。1〜2ヶ月待ってくれれば必ずよい返事をあげる」と言って、会見を実質的に中止させた。書店主は恵子さんを北京に連れ出し迎えに行く、という案を話したという。後に森前総理が同様の第三国出迎え案を北朝鮮に提案(実際に行ったのは中山正暉元議員)したが、これも有本恵子さんを念頭に置いてのことだと思われる。95年11月平壌で田宮高麿が「有本さんらを日本に帰したい」と語ったと、 96年有本家を訪れた高沢皓司氏が有本さんご両親に伝えた。2002年3月20日、中山正暉元議員は有本嘉代子さんに電話をかけ、救う会の運動から手を引けば平壌に連れて行って恵子さんと会わせてやる、と語った。また9月17日の小泉訪朝直前にも有本恵子さん生存情報が流れ、当日、号外まで用意した新聞社もあったと言われている。つい先日も中国から有本恵子さんの写真がもたらされているという出所不明の情報も流れた。希望を持たせては落胆させてきた有本ご夫妻に、日本政府は強いメッセージを送るべきである。




*新聞報道によると有本さんが曽我さんからこの証言を聞いた時期を今年2月としていますが、フライデーの記事では、「昨年11月の第三回日朝交渉のころ」家族会で支援室に行き、その場で小熊室長が携帯電話を曽我さんにかけ、有本嘉世子さんが曽我さんから話しを聞いた、となっています。
 
 関連ページ
· Newsについてもっと
· trycompさんによるニュース


Newsについて最も読まれたニュース
私は奴隷の平和は選ばない。小泉総理

Newsに関する最新ニュース
元首相秘書官、「北朝鮮から対話要求」
印刷用ページ  このニュースを友達に送る
投稿者スレッド
trycomp
Webmaster



登録日:2003-1-30
投稿数:167
居住地:

 Re: 曽我ひとみさん、有本恵子さん目撃を証言

その他の有本恵子さん目撃証言

拉致不明者で北朝鮮側 「1人が生存、2人は病死」
 【北京23日=杉山祐之】日朝関係筋は23日、北朝鮮の日本人拉致(らち)問題で、北朝鮮側が日本側に対し、「1人は生きているが、2人は病死した」と伝えていたことを明らかにした。「生存者」は、1983年に英国留学中に行方不明になった有本恵子さん(当時23歳)の可能性が大きいという。
 同筋によると、3人の安否に関する北朝鮮側の説明は、個人名はあげなかったが、ほぼ特定できるものだったという。「病死した」2人は、77年に石川県の海岸で拉致された警備員、久米裕さん(同52歳)と、80年に宮崎県の海岸で拉致された料理店員、原敕晁(ただあき)さん(同43歳)と見られている。
 この安否情報は、「第三国での行方不明者発見」という形での拉致問題解決方法が浮上した森前首相の首相在任当時、日朝が行った水面下の非公式折衝で、初めて日本側に伝えられた模様だ。
 日朝当局者は昨年11月以来、中国国内で数回にわたって接触しており、同情報が、この場で改めて示された可能性もある。
 外務省幹部は23日、北朝鮮側が日本人行方不明者のうち「1人が生存、2人が死亡」と示唆していたことについて、「全くの憶測であり、これまでいかなる形でも北朝鮮から外務省に対し、そのようなことが伝えられたことはない」と否定した。(読売新聞2002年3月24日)


有本恵子さん 平壌の店で目撃される
北朝鮮の拉致事件で、ロンドン留学中に行方不明となった有本恵子さんが、平壌の店で一時働いていたという目撃証言が、日本テレビの取材で明らかになった。
 これは、頻繁に平壌に行き来する複数の在日朝鮮人から得た証言によるもの。証言によると、有本恵子さんがよど号ハイジャック事件の容疑者グループが経営する平壌の外貨ショップで、店員として働いている姿を北朝鮮の当局者が目撃していたというもの。
 この外貨ショップは、富裕層向けに日本の家電製品などを売る店で、よど号容疑者の妻らも店員として働いている。ただし、目撃の時期は小泉首相の訪朝よりかなり前ということで、現在の有本さんの状況については明らかにされなかった。
 有本恵子さんは20年前に、よど号のメンバーと北朝鮮の工作員によって留学先のヨーロッパから北朝鮮に拉致されたとして、警視庁はよど号メンバーの逮捕状を取っている。
 北朝鮮当局が、有本さんとよど号グループの具体的な接点を示す証言をしたのは、今回が初めて。北朝鮮は、これまでに有本さんの死亡を発表している。(日本テレビ2003年8月25日)
http://www.nnn24.com/6280.html

 2005-5-27 15:16プロフィールホームページ
trycomp
Webmaster



登録日:2003-1-30
投稿数:167
居住地:

 ★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2005.05.27)

★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2005.05.27)
曽我ひとみさんが有本恵子さんを目撃−救う会兵庫が緊急声明

■有本恵子さんを目撃−曽我ひとみさんが証言
有本恵子さんの母嘉代子さんが、今年2月18日、国際集会参加のため上京した際、曽我ひとみさんと携帯電話で話をし、昭和58(1983)年に北朝鮮に拉致された有本さんを「平壌の外貨ショップで見かけた」と聞いていたという。
曽我さんが有本さんを見た時期は現時点で不明であるが、生存につながる情報がまた一つ増えたことになる。
その内容は、以下の通り。

・曽我さんが北朝鮮に拉致されたレバノン人女性と一緒に平壌の外貨ショップに出かけた際、日本人らしい女性を見かけた。
・レバノン人女性がその女性に近づき、なつかしそうに話を始めた。
・曽我さんが「あの女性はだれなのか」と聞くと、レバノン人女性は「ロンドンから連れてこられた日本人だ」と説明。
・曽我さんが「なぜ知っているの」とたずねると、レバノン人女性は「産院が一緒だった」と話した。
・帰国後、有本さんの写真を見て「間違いない」と確信した。
・有本さんと一緒にいた男性はわからない。

本件に関し、有本さんの地元、救う会兵庫が緊急声明を出した。以下はその全文である。

★有本恵子さんの目撃情報に関する緊急声明

 本日発売の写真週刊誌によれば、本年2月、内閣官房支援室内において、曽我ひとみさんにより、有本恵子さんの目撃情報が、ご両親に伝えられていたことが、明らかになった。

 この情報は、拉致被害者が、管轄する部署や拉致された時期等により、分割管理され、被害者同士が意思の疎通をもつことは、困難であろうという一般的推測を、断片的ながらも否定するものであり、帰国した拉致被害者は、より多くの情報に接していた可能性を、強く窺わせるものである。

 支援室を中心に、政府は既に多くの情報を聴取しており、本来ならもっと早くご家族に伝えられなければならない。この度の情報開示の時期と方法については、ご家族の立場に立つならば、不親切であり、政府は誠意をもって迅速に情報を開示すべきである。外交的配慮の必要性は理解するが、それは決して不作為のかくれ蓑であってはならないと、強く警鐘を促すものである。

平成17年5月27日
救う会・兵庫 代表 長瀬 猛

 2005-5-27 17:51プロフィールホームページ
アクセスランキング ブログパーツ
電脳補完録は「救う会」や「特定失踪者問題調査会」「家族会」と無関係な個人によって運営されています。 yamamoto[アット]trycomp.com(山本孝司)
お問い合わせフォーム(抗議、誹謗・中傷は、個人情報を除いて公開させていただく場合があります)

Powered by XOOPS 1.3.7 © 2002 The XOOPS Project