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trycomp 投稿日時 2004-10-15 20:53:54 (11716 ヒット)
JNNのスクープです。北朝鮮から脱北した人物から提供された写真と、42年前に千葉県で失踪した17歳の女性の写真。取材の結果、この2人が同一人物である可能性が高いことがわかりました。
9月末、私たちは、ある脱北者と接触しました。この脱北者は、かつて失踪した藤田進さんと同一人物とされた写真を私たちに提供していました。その脱北者が取り出した全く別の写真。 「この写真の人は日本人女性で北朝鮮に拉致されてきたと聞いています。今は日本人の拉致被害者と北朝鮮で家庭を持っています」
脱北者は、この女性の別の写真、さらに夫の写真も持っていました。
Q.この人が夫ということなんでしょうか?(記者)
「夫は現在、北朝鮮に住んでいる拉致被害者の中でも地位が一番高い人物です。具体的には日本人を統制し管理する『課長』という職責を担っています」
脱北者はこれらの写真を、かつて朝鮮労働党の調査部にいて今は外国にいる人物から手に入れたのだと言います。藤田さんのケースと同じ入手ルートです。
帰国後、私たちは特定失踪者問題調査会の荒木和博代表を訪ねました。写真を見つめる荒木氏。そして、ポスターにある特定失踪者の写真と見比べます。すると手を止めたのは、42年前に失踪した加瀬テル子さんの写真。拉致の可能性が濃厚とされる33人のうちの1人です。
荒木氏は、加瀬さんの写真と問題の写真を拡大コピーし、大きさをそろえたものを重ねます。「非常に重なっていることは間違いないですね」(荒木和博代表)
千葉県海上町の自宅で、中学卒業後、家事手伝いをしていた加瀬テル子さん。1962年4月、叔母から、芝居を見にいこうと誘われた加瀬さんは、前日に地元の美容院に出かけました。そしてそのまま、こつ然と姿を消したのです。17歳でした。
写真の女性は加瀬テル子さんなのか。私たちは専門家を訪ねました。東京歯科大学の橋本正次助教授。日朝首脳会談にも同行した法人類学の第一人者で、藤田進さんの写真も鑑定しました。
2枚の写真を見比べる橋本助教授「可能性すごくあるんじゃない、これは。いろんな特徴で」。2枚の写真は、ともに右の黒目が内側に寄っていて、左目よりも白目のスペースが少ないという指摘です。
一見して非常に似ているという2枚の写真。コンピュータ上で、目や鼻の位置を比較します。まず横に線を引くと、目や眉の位置が一致。そして、縦に線を引くと、目や眉に加え口や鼻の位置も完全に一致しました。
写真を撮影した距離や顔の向きに違いがあるため、2つの写真全体を重ねても完全には一致しません。しかし、写真を分割し、目と眉だけを重ね合わせると…。「ぴったりとあってしまうけどね」(橋本正次助教授)。一方、鼻と口がある写真の下半分も、きれいに一致しました。
「両者を別人とするような相違はなくて、なおかつ両者の類似性、酷似性が非常に高いということで、検査・鑑定、もう少し詳しいところの情報を、より一つ一つ比べていって…」(橋本正次助教授)
橋本助教授の話を受けて、私たちは、今も健在だという加瀬テル子さんの父親を訪ねました。加瀬次信さん84歳。娘が42年前に失踪して以来、その身を案じてきました。この日は、加瀬テル子さんの叔母2人も同席しました。
写真を手に、半信半疑な次信さん。叔母に手渡すと…。「小山(に住む妹)に似ている」
小山というのは、栃木県小山市に住むテル子さんの叔母のことです。似ていると言います。私たちは、写真を入手した経緯と橋本助教授の話を説明。さらに、もう1枚の写真を見てもらいました。そして、拡大した写真を見て3人は確信しました。
「ここを見ろよ、このホクロが何よりの証拠だよ。誰でもあるホクロでないんだから。まつ毛の脇にちゃんとホクロになってる。テル子はこのホクロが目安だよ」(叔母)
「本人に間違いない」(加瀬テル子さんの父 次信さん)
テル子さんの写真にもあったごく小さなホクロ。2つの写真に共通したこのホクロこそ、テル子さんである証拠だと言います。
「よくぞ生きていてくれたと。私も、生きている時に会いたいけれども、会えないのはわかっています。せめて手紙の1本、テル子が書いた手紙一本、それだけでも結構です」(加瀬テル子さんの父 次信さん)
家族は、橋本助教授に正式に鑑定を依頼。その中間報告が、15日、知らされました。2枚の写真は同一人物と見て、ほぼ差し支えないという報告でした。
北朝鮮から流出したという写真。その女性は、加瀬テル子さんと同一人物である可能性が極めて高いことがわかりました。この重い事実に、北朝鮮はどう答えるのでしょうか。加瀬テル子さんのご家族は、拉致被害者、そして数多くいる特定失踪者のためにも、この事実をぜひ報道してほしいと話していました。(15日 16:37)
http://news.tbs.co.jp/part_news/part_news1053429.htmlaoinomamaさんのサイトでより詳しく完全テキスト化されています。
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=&no=74


1961年
●加瀬 テル子(かせ てるこ)
生年月日 :昭和19(1944)年5月4日
失踪年月日 :昭和36(1961)年3月頃
失踪当時の年齢 16歳
当時の身分 :家事手伝い
当時の居住地:千葉県海上郡海上町(かいじょうぐん うながみまち)
失踪場所 :千葉県海上郡海上町
失踪当時の状況 :失踪当日、叔母と、翌日に新宿コマ劇場へ観劇の約束をし、午後パーマに行ってそのまま戻らなかった。パーマ屋では、観劇を楽しみにしていると本人が語っていたとのことで、自らの失踪とは考えられない。
当時の海上町周辺は、砂鉄、水あめが大きな産業であり、在日の企業・従事者が多かった。そして、それらは「大町ルート」によって、新潟、富山へ輸送され、北朝鮮に輸出されていた。その「大町ルート」で多くの失踪事件が発生している。また近隣の旭市、飯岡市、八日市場市周辺で失踪が多発しており、それらは相互につながりが有ると見られる。(04/05/22第5次発表)
大町ルート
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http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=2909 兄は運良く写真が出てきたが・・
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