「よど号」グループの<見解>について 今年に入り、高知県の旧「香北町」出身の女性であり、「よど号」グループのメンバー・岡本武の妻になった福留貴美子さんに関する新たな事実が次々と明らかにされ、また6月26日には警視庁・公安部に「よど号グループにかかわる拉致事件等特別捜査本部」が設置され、「よど号」グループが関与した事案のいっそうの真相解明が期待されています。
そして先日、今年の3月に「よど号」グループがマスコミ各社に送り付けた
『「福留貴美子拉致事件」に関する私たちの見解 ―「もう一つの拉致」を煽るマスコミ― 』なるものがネットに掲載されました。その<見解>の中で名指しされた私たち(「救う会神奈川」と「救う会高知」)は「よど号」グループに対して、以下の疑問点への真摯な回答を求めたいと思います。
1.「よど号」グループはかつて“岡本の妻は北朝鮮の女性である”と言明し、それ以降、自らが訂正や撤回をする事はなかった。日本国内の支援者たちはそれに納得し、更には“岡本は北朝鮮に帰化した”という説明をも受容し、何年もの間それが事実と見做される事で岡本の存在は次第に視野から遠ざかり、「よど号」グループの中から姿が薄れて行った。「よど号」グループは何故その様な虚偽を流布させ、その事によって何を隠蔽しようと企図したのか?
2.「1970年代中葉」(小西隆裕が故・福留正信氏に宛てた1996年8月1日付の手紙の記述)の岡本と福留さんとの結婚を20年近くも隠し続け、しかも、岡本の生存を前提にした<帰化>の話が、妻である女性が日本人と明かされた途端に「二人が土砂崩れのため死亡した」(前述の手紙)と切り替えられたのは余りにも不自然である。それは、1995年の春に訪朝した高沢皓司氏にグループのリーダー・田宮高麿(同年11月に死亡とされる)が洩らした内容が、それまでのストーリーを一挙に瓦解させてしまう内容だった故に再び捏造した新たな虚偽に過ぎないのではないか?
3.1996年8月7日に『朝日新聞』が、岡本の妻が高知県出身の日本人女性である事をスクープした僅か2日後、『東京新聞』がすかさず岡本・福留夫妻は「作業中に事故が発生し死亡した」、「二人の墓もある」と報じ、それに加えて「二人の遺骨を引き取りに来てほしい」という「よど号」グループの意向も伝えられた。その2週間後、すでに訪朝して小西から8月1日付の手紙を託された元「赤軍派」議長・塩見孝也氏が高知の福留家を訪れ、ほぼ同時期に柴田泰弘は東京で知り合いの記者を集めた非公開の会見を行なっている。これらの一連の動きが『朝日新聞』のスクープを事前に察知した上での対応である事は言うまでもなく、「よど号」グループと国内の支援者が連携した工作活動であった事に疑いは無い。この工作の目的が、岡本・福留夫妻の<死亡>を告知して説明する事ではなく、それを闇雲に既成事実化する事にあるのは明白であり、その様な意図の下で為された言説に何一つ説得力が無いのは当然ではないか?
4.岡本・福留夫妻が1988年に作業中の事故、あるいは土砂崩れで死亡したと言うのなら、「よど号」グループは二人の葬儀を執り行ったのか? 吉田金太郎や田宮高麿の場合とは異なり、8年もの長い間、実家に伝えられる事が無かった理由は何なのか? そして、異国の地で苦労を共にした同志・仲間である筈なのに、今年初頭に死去した田中義三とも著しく異なって、惜別や追悼の言辞が表明されないのは何故なのか?
以上について、「よど号」グループの誠意ある回答を求めます。
平成19年7月13日
「北朝鮮に拉致された日本人を救う神奈川の会」(救う会神奈川)
「北朝鮮に拉致された日本人を救出する高知の会」(救う会高知)