since Jan 16,2003

メインメニュー
ホーム
ニュース・情報
  · 投稿する
  · 過去の投稿分
リンク集
お問い合わせ
署名/講演会情報
アンケート
特定失踪者関連記事
拉致事件関連年表
拉致・日朝友好議連
保存資料
ブルーリボン画像
集会参加レポート
資料・疑惑の活動
資料・大町ルート
電脳補完録ー別館
この声を聞け
拉致問題 on twitter


拉致問題 on twitter
NewsFlash
[News Flash]

[青木直人BLOG]

[守る会]


[真鍋Blog]

[荒木Blog]




つぶやき

これまでの全つぶやき
http://twilog.org/trycomp
アーカイブ

book

このサイトにGO!
ログイン

ユーザ名

パスワード

パスワード紛失

投稿には登録が必要です
簡単登録
Amazon

情報
電脳補完録 拉致問題解決まで

This site will look MUCH better in a browser that supports web standards, but its content is accessible to any browser or Internet device.




twitterブログパーツ by WAWAWA
 資料 : 福留さん拉致 よど号グループの「見解」と批判
        投稿者 trycomp 投稿日時 2007-6-26 4:43:22 (5108 ヒット)
福留貴美子さん拉致事件に関して、よど号グループが3月、マスコミ各社に送りつけた「見解」なるものが明らかになった。以下、全文を掲示すると共に、反論・批判を加える。

「福留貴美子拉致事件」に関する私たちの見解
ー「もう一つの拉致」を煽るマスコミー

 いま関西TVのねつ造番組垂れ流しが事件化されるなどモラル感覚のマヒしたマスコミに対する社会のきびしい眼が向けられています。そのような中で昨年末以来、TBSを皮切りに、TV、雑誌などマスコミを通じて、私たちの一員であった岡本武の夫人、福留貴美子さんが実は拉致被害者だったという「もう一つの拉致」事件が大々的に報道され、今も執ように続いています。私たちは当人自身と生活を共にし事実を知る当事者として、これもまた重大なねつ造報道であることを訴えたいと思います。
 事の発端は、福留さんの出身地でもない無関係の「拉致被害者家族を救う会・神奈川」がまず動き、これを受けて「救う会・高知」が高知県警に「もう一つの拉致」として訴え、これが受理されたことですが、これ以降、一気にマスコミの宣伝攻勢が開始されました。
 「正論」など、ハナから「反北朝鮮」のためのような記事にはいちいち反論する必要も感じませんが、「週刊AERA」や「報道のTBS」といったリベラル、良識派と言われる媒体までがまじめに取り上げるとなると、国民世論に与える影響力からして事態の重大性を感じ、真実を明らかにするため文書の形で公表するに至った次第です。
 
■「拉致」の根拠は?
 福留貴美子さんが北朝鮮に拉致されたという唯一の根拠は、「だまされて連れて行かれた」というものです。「モンゴルに行くはずだったのにここ(北朝鮮)に来てしまった」と福留さん本人から聞いたという「八尾恵証言」に由来するものですが、この根拠自体が理知に合わないものです。
 モンゴル観光と朝鮮(北朝鮮)渡航とどちらが困難かと言えば、常識的には朝鮮渡航の方が困難です。朝鮮観光も可能な現在と異なり、当時の日本のパスポートには「except North Korea」と明記され、一般の日本人がとうてい行けない国交のない国、それが朝鮮でした。通常のパスポートで行けば、「旅券法違反の罪」に問われるリスクを背負うのです。そんなリスク覚悟で朝鮮行きを決心するのは、よほど本人の強い目的と意思がないかぎり不可能です。誘われたからとおいそれと行く気になれる国ではなかったはずです。かたやモンゴルは社会主義国とはいえ、ソ連同様に国交もあり観光旅行も可能な国、金さえ出せば誰でも行ける国です。記事通り実家が地方の資産家だとすれば、福留さんが何がなんでも行きたい国だというモンゴルへの観光はけっして困難だとは思われません。自分でも行けるのに、「国禁」を犯すリスクを負ってまで「北朝鮮経由でモンゴル観光」など、誰が考えるでしょうか。
 またひとつの疑問は、「拉致された」という福留さんが80年3月に日本に入国し、かなりの長期間、滞在しているという事実です。
 横浜で友人にも会い(「AERA」)という「子供人質」説で簡単に否定されています。しかしだまされて北朝鮮に連れて行かれたという人が、「自由の身」になった母国、日本に入国した絶好の機会に、誰にもその理不尽な境遇を訴えないということの方が不自然ではないでしょうか。子供の身を案じたとしても、「拉致」を訴えたことを秘匿することに警察は協力してくれるはずです。「監視」がついていたといのもいかにもの話ですが、一人の人を24時間「監視」するというのはほぼ不可能に近いことではないでしょうか。また、彼女はそんな労力を払ってまでして「工作」させるほどの重要な工作員だったのでしょうか。
 
■漁船で逃亡企画?
 「(岡本夫妻は)漁師に酒を飲ませて酔わせ、漁船を奪って逃亡を図り、北朝鮮当局に捕まった」、今も強制収容所にいる、だから救出を、と記事は訴えています。これも「八尾恵証言」に基づくものとのことです。
 おそらく東海岸での話だと思いますが、海辺には家族連れで行って2人の娘も同行しており、ピョンヤンに家族連れで帰ってきています。ですから逃亡中の海上で「北朝鮮当局に捕まった」という話は明かな嘘です。
 また船には素人の岡本夫妻が「漁船を奪って逃亡を図る」などという筋立て自体が不自然です。ましてや海とはいえ今も「戦争状態」同然の朝鮮には南北軍事境界線があり、それを突破しての逃亡は、一触即発の軍事対決の最前線に突っ込み、自ら銃火を受ける危険を伴います。漁師と一緒に酒を飲んでいたという話は聞いたことがありますが、おそらくそれを小耳にはさんだことから発した「八尾恵証言」だろうと思います。朝鮮の現実からは考えられないことです。
 「AERA」の記事の結論として「救出」を訴える必要から出たことだと思いますが、この「漁船逃亡」説には明らかに蛇足と言える尾ひれがつけられています。
 「(岡本夫妻は)逃亡を企てたが拘束され、収容所に入れられた。私が保証金を払って助け出し、現在は地方の外国語学院で日本語教師をしている」と証言した国会議員元秘書なる人物がいるというのです。一介の日本人が国交のない朝鮮で、しかも所在さえ不明の「収容所」に保証金を払って救出したなどという妄言にどれほどの信憑性があるのでしょうか。こんな蛇足までつけ加えねばならない「AERA」記事自体の信憑性が疑われるものです。
 
■明かなねつ造写真は?
 さらに「AERA」1月16日号の同記事にはねつ造が明かな写真が堂々と掲載されています。
 1986年にウィーンで撮影されたという土井たか子元社会党委員長を囲むその写真の中に、私たちに合流した小川淳がいるという説明が付けられています。しかし、写真で指摘された人物は小川ではなく別人であり、土井氏には会ったこともないと当の小川淳が明言しています。これは「AERA」の明かな失態です。
 これは肖像権という人権侵害問題でもあります。同誌の福留さんの記事に小川のことはなにも触れたものはないのに、わざわざ小川のねつ造写真まで掲載した嘘はいったいなんのためなのか勘ぐらざるをえません。写真には「よど号に合流したナゾの人物」として小川淳の説明が付けられていますが、また「もう一つの拉致」を暗示しようということなのでしょうか。
 
■真実追究と良心を
 「AERA」のこの記事を担当する同編集部K記者には私たちがピョンヤンで会っています。記事にもそのことが触れられています。K記者は身分を偽り、同行のNGO関係者は会見の席をホテルの外国人専用の、すなわち朝鮮の人が出入りしない地下のカラオケ個室に設けました。なにか怪しげな「会見」であったことを記憶しています。案の定、記事には、「2人を短髪に白のスーツ、鋭い目の大柄な男が待っていた」といかにもの表現がありますが、代表団の要請で正式に会見するのですから案内人がつくのは朝鮮では通常のことで、その人は短髪でも白スーツでも鋭い目でもなかったと思います。また「2人は高級外車に乗り込み」とK記者は書いていますが、私たちは自家用の中古の白のコロナを自分たちで運転して帰っただけです。こうした取材の仕方、こうした記事の書き方を平気でできる人が「拉致被害者の味方」であることは、ご本人たちにとっても不幸なことだと思います。福留さんのお母さんにも生前、取材したようですが、お母さんが生きておられたらこのような記事が書けたのかどうか疑問です。
 最後にマスコミ関係者んは、国民世論をつくる責任を負うだけの自覚と覚悟、何よりも真実のみを追究する職業的自負心と、そして良心を望みたいと思います。
 
2007年3月 ピョンヤン かりの会




■福留さん問題の本質からずれた<見解>である。「週刊AERA」や「報道のTBS」が、福留さん問題を取り上げたことがお気に召さないようだが、どちらも昔から北朝鮮、拉致、よど号に関心の深い記者、ディレクターによって取り上げられている。良識があるからこそ、目をつぶるわけにはいかない。かつて北朝鮮を擁護し拉致をあり得ないとしてきた東大名誉教授の和田春樹氏が弁護士、川人博氏に批判された時、「川人氏は『過労自殺』の著書もある社会派の弁護士であると聞いた。そういう人からこういう批判を受けたということで、驚いている」と書いたが、よど号グループも同じ思いでいるらしい。社会派であるからこそ、人権派であるからこそ、良識があるからこそ、批判されることに気がつかない。自分たちの主張がいかに人権、良識から遠ざかっているかに気がつかない。かつてあなた方と同じ陣営で闘った方々にも、けじめとしてこの問題を追及している人がいる。今後も「国民世論に与える影響」は、大きくなっていくばかりだろう。


■北朝鮮への入国について
よど号犯グループは<見解>において、福留貴美子さんがモンゴル旅行の夢を持っていた事について、当時のモンゴルは北朝鮮に比べて遥かに入国が容易である事を縷々述べ、福留さんが直接モンゴルへ向かわず「北朝鮮行きを決心するのは、よほど本人の強い目的と意思がないかぎり不可能」と指摘している。正にその事実こそが、何者かが福留さんを言葉巧みに騙して北朝鮮に誘導し、その地に拘束した事の証左ではないのか? 「よど号」グループは一体、何を主張したいのだろう? 福留さんが北朝鮮の地で次のステップである筈のモンゴルへの渡航を断念し、北朝鮮に留まって「よど号」グループの一人である岡本武の妻になる事を自らの意思で選択した、とでも主張したいのだろうか? 更には、そもそも福留さんは日本を出国する時点で北朝鮮を最終の目的地とし、あるいはよど号犯グループに合流する目的で、「誘われたからとおいそれと行く気になれる国ではなかった筈」の「国禁」の地に赴いた、とでも言いたいのだろうか? それは、福留貴美子という女性を間近に知る人々を誰一人として納得させる事の出来ない、途方も無い虚言である。

「北朝鮮行きを決心するのは、よほど本人の強い目的と意思がないかぎり不可能」であるとするならば、では、よど号の妻達は、どうだったのか?

質問:ヨーロッパは留学ですか?
金子恵美子:まあ留学というよりも、自主の流れっていうか、そういうものにも自分自身、実際に触れてみたいというか。学ぶというよりも、視野を広めたいというか、そういう感じが強かったですね。
質問:そうするとそこで、たまたま、まあ偶然ということにしておきますが、出会いがあった、と。金子さんの場合は相手が赤木(志郎)さんですよね。
金子:ええ。
質問:朝鮮に来ることについては、抵抗も何もなく来れたと?
金子:わたしはたまたま共和国を訪れた人が様子を書いたものを読んでいたんですね。で、そのときにやっぱりすごく感動したというか、一度は行ってみたいと。

上は高沢皓司の「宿命」の中のインタビュー部分である。「一度は行ってみたい」というだけで北朝鮮に入国しているではないか。もちろん、このインタビューでのよど号妻たちの答えは「作り話」であることはわかっている。わかってはいるが、よど号グループはこれが公式の答えだとしている。ならば、「強い目的と意思」などなく、北朝鮮には入れるとよど号グループは言わなくてはならないのではないのか?

当時、モンゴルと北朝鮮、どちらへの入国が難しかったかと言えば、当然、北朝鮮の方が容易に入国出来た。なぜならば、北朝鮮には他国から北朝鮮に入国させようとする人間がいるからであり、日本にも北朝鮮に送り出そうとする人間がいたからである。モンゴルにはそのような人間はいなかった。送り出す人間と迎え入れる人間がいれば、当時も北朝鮮は容易に入国出来た国なのである。そこに「本人の強い目的と意思」など必要ないのである。


彼らの言説は、常識的な判断力を持つ日本人の全てが「それは紛れも無く<拉致>である」と断言する心証を却って提供している。
 

■日本帰国時の行動について
よど号犯グループは、福留さんが日本に帰国した際に「自由の身」になったとして「誰にもその理不尽な境遇を訴えないということの方が不自然」と「拉致」を否定する理由にしたいようだが、横浜の友人宅を訪れ、郷里の友人や母親に電話を入れて帰郷する旨を伝えた福留さんが、実際には高知に姿を現していない事こそが不可解と言うべきではないか? なぜ母親の元に帰らなかったのか?と考えるのが普通だろう。<見解>では、福留さんが長期間(出入国の記録では3ヶ月半)国内に滞在していた事を以て「いくらでも逃亡する機会があるのにと思うのがふつうの発想」としているが、ならばその間に約束の帰郷どころか1本の電話すら実家や友人にしていない異様さを彼らはどう説明するのだろう? その異様さこそが、福留さんが国内で再び拘束され、監視下に置かれた事を示唆しているのではないか?

出国から3年後、福留さんから東ベルリン消印の手紙が実家に届いた。そこには彼女が知るはずのない4ヵ月前の従兄弟の結婚式のことが書かれていた。このことが、福留さんの実家を「監視」していた人物がいることを物語っているではないか。


■漁船で逃亡
「海とはいえ今も「戦争状態」同然の朝鮮には南北軍事境界線があり、それを突破しての逃亡は、一触即発の軍事対決の最前線に突っ込み、自ら銃火を受ける危険を伴います。」
ところが、それほどでもないことは先月の青森への脱北者が証明してくれたし、北朝鮮兵士が小舟で酒を飲んで泥酔し、そのまま韓国側に流されてしまったという事件も起きている。韓国は北朝鮮側の海域に送り返したそうだが、小舟であるほど、すり抜ける確率は高いことがわかる。もちろん、1980年代は今より厳しかっただろう。それでも、他に一切の道が閉ざされ絶望の淵にたっていれば、そして目の前に船があれば、「漁船を奪って逃亡を図る」ことは不自然でもなんでもないだろう。船に素人であるからこそ「無謀」な行為を行うことも十分あり得ることである。


■福留さんの存在を隠していた件について
そもそもよど号犯グループは、岡本武が福留さんと「結婚」していたことを何故隠していたのか。今回よど号犯グループが批判しているAERAの記事を書いたK記者が、1996年8月7日、朝日新聞で、岡本武の妻が高知出身の日本人であることを報じるまで、支援者に対してまで福留さんを隠し続けたのは何故なのか。この<見解>でも、この96年8月7日の記事に一言も触れていないのは何故なのか。

朝日新聞1996年8月7日
「よど号」事件岡本容疑者 妻は二〇年前失踪の高知県の女性
故田宮容疑者、生前に明かす

日航機「よど号」ハイジャック事件で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に渡った元赤軍派メンバーのうち、ただひとり現地の女性と結婚したと伝えられていた岡本武容疑者(51)の妻が、実際は高知県出身の日本人(44)であることが六日、わかった。公安当局もこの女性の確認を急いでいる。この女性は高校を卒業後上京し、「海外旅行に行く」と書い残したまま失跡。一九七〇年代半ばに北朝鮮に渡ったらしい。岡本容疑者は政治的対立から他のメンバーと離れているといわれ、動静は不透明のままだ。
「よど号グループ」のリーダーだった田宮高麿容疑盾=去年十一月に死亡=が生前、ジャーナリストの高沢皓司さん(48)に明らかにしていた。
それによると、この女性は七六年夏に、第三国経由で北朝鮮に入った。現在、岡本容疑者との間に十代後半の娘が二人いるという。
高知県在住の母親(79)らの話では、女性は県立高校を卒業後、東京で就職。都内の同じアパートに住んでいた友人に七六年七月、「海外旅行に行く。年末には帰って来る」と書い残して出たまま、行方を絶った。荷物は部屋に残したままだった。翌七七年夏、この女性の名前で「お金には不自由していない。もう一年ほど外国にいるつもりです」と書かれた、東欧の消印の手紙が届いた。これを最後に、実家への連絡は途絶えた。
母親は「娘がいなくなってから眠れない毎日が続いた。でもどこかに無事にいるのではないかと思い、それを支えに二十年間、生きてきた。元気で帰って来ることだけを願っている」と話した。
岡本容疑者の動静についてはこれまで「北朝鮮の女性と結婚し、北朝鮮に帰化した」とされていた。
よど号ハイジャック事件=一九七〇年三月、赤軍派メンバー九人が日航機「よど号」を乗っ取り、北朝鮮行きを強要。同機は平壌に到着し、メンバーは北朝鮮当局に投降した。吉田金太郎容疑者(死亡)を除く八人とも現地で結婚しており、岡本容疑者を除く全員の相手が日本人とされていた。


この朝日新聞の記事が、初めて岡本武が日本人女性と結婚していたことを明らかにし、その女性が高知出身でナゾの失踪をしていたことを報道した。この記事が出るとわずか2日後、東京新聞がよど号関係者の話として岡本夫妻が88年に死亡したとの記事を報じた。そして、即座に高知にいる福留さんのお母さんの元に「関係者」が訪れ、「死亡」を既成事実化しようとした。なぜ、このような不可解な行動を取ったのか。秘密にしておきたかったからではないのか。

東京新聞1996年8月9日
岡本容疑者と妻死亡? 元赤軍派よど号犯 8年前、作業中事故で

一九七〇年のよど号乗っ取り事件で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に渡った元赤軍派メンバーで消息が途絶えていた岡本武容疑者=逮捕監禁容疑などで国際手配=と同容疑者の日本人の妻が約八年前の一九八八年ごろ、同国内の作業場で死亡していた可能性が強いことが九日、関係者の語で分かった。
同国内に残るよど号メンパーが関係者に「二人の遣骨を引き取りに来てほしい」と伝えたという。公安当局も確認を急いでいる。
同容疑者は八二年に日本の訪朝団が面会して以来、消息が確認されていない。妻は高知県出身の女性で、七六年に日本で失踪し、行方不明になっていた。その後北朝鮮に渡ったとみられる。
関係者によると、同夫妻は八八年ごろ、リーダーの故田宮高麿元赤軍幹部=昨年十一月に死亡=に娘二人を預けて作業場に出かけたが、作業中に事故が発生し死亡したとされる。二人の墓もあるという。
同夫妻の死亡後、岡本容疑者の実家に「北朝鮮人の妻と結婚した」などする手紙が届いており、同容疑者は帰国の意志はないとされていた。
岡本容疑者は京大農学部中退。七〇年三月に日航機よど号を乗っ取り北朝鮮に渡った。その後、活動力針をめぐり他のメンバーと対立。政治犯の強制収容施設に隔離されたとされていた。


 それにしても気になるのは、この<見解>の文意に漂う彼らの福留さんに対する一種の<冷たさ>である。「また、彼女はそんな労力を払ってまでして『工作』させるほど重要な工作員だったのでしょうか。」と最後に付け足された言わずもがなの冷ややかな文言は、とても異郷で労苦を共にした仲間に対するものとは思えない。ここには何か、福留さんを忌避する感情が潜んでいるような気がしてならない。福留福留さん、そして岡本武の二人は、「よど号」グループ内における<破断線>の如き存在になっていたのだろうか?


福留さんの問題に関して最初に声をあげた「救う会神奈川」(正式名称はよど号グループが言う「拉致被害者家族を救う会・神奈川」」ではなく、「北朝鮮に拉致された日本人を救う神奈川の会」である。「家族」はきちんと北朝鮮と闘っている。“救う”対象ではない。)に対して、よど号グループは「福留さんの出身地でもない無関係」と書いているが、北朝鮮に拉致された日本人を救うことに「出身地」など関係はない。また、よど号ハイジャック犯の問題は、すべて「日本」の問題である。


白頭山の天池で撮影されたと思われる写真。左は森順子


保母の資格を取るために専門学校に通っていた時の福留貴美子さん。
この時着ていたTシャツと上の白頭山でのTシャツは同じものではないかと思われる。そうだとすると上の写真は「失踪」からあまり時間が経っていない時の写真だと思われる。


 
 関連ページ
· 資料についてもっと
· trycompさんによるニュース


資料について最も読まれたニュース
夕刊フジの報道に抗議する

資料に関する最新ニュース
中井大臣会見まとめ(2010年7月13日〜7月27日)
印刷用ページ  このニュースを友達に送る
アクセスランキング ブログパーツ



電脳補完録は「救う会」や「特定失踪者問題調査会」「家族会」と無関係な個人によって運営されています。 yamamoto[アット]trycomp.com(山本孝司)
お問い合わせフォーム(抗議、誹謗・中傷は、個人情報を除いて公開させていただく場合があります)

Powered by XOOPS 1.3.7 © 2002 The XOOPS Project