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あおいのママ 投稿日時 2005-4-11 17:30:45 (3005 ヒット)
神奈川県藤沢市で行われた「第10回藤沢市民集会」にボランティア参加いたしました。集会参加者は400人以上だったと思われます。救う会神奈川の集会始まって以来の大変な盛会となりました。皆さま、本当にありがとうございました。
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
私は特定失踪者「大澤孝司」の兄、大澤茂樹と申します。私の話をする前に、今年の2月25日に特定失踪者問題調査会の方から、今回18名の拉致の疑いのある方が公開されました。
*北朝鮮に拉致された可能性、18人を追加公表
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3695 その中の1人で神奈川県横浜市戸塚区の出身でいらっしゃいます、「寺島佐津子(てらしま さつこ)さん」のお父さんとお母さんが、本日この会場にお見えになっていらっしゃいます。(「寺島佐津子さん」のご両親が席をお立ちになって、「よろしくお願い致します」と頭を下げていらっしゃいました。会場内大拍手)
「寺島佐津子さん」は昭和54年8月10日、隣町の鎌倉の花火大会に勤務先の銀行の親睦会で行き、午後10時にその現地を解散し、同僚と一緒に鎌倉駅まで行きました。そこから戸塚駅に行き、バスに乗車して降り、停留所から自宅までの道で行方がわからなくなっております。警察の方でも大掛かりな捜索をしていただき、また、警察の捜査でそのバス停を降りたことは確実になっておりますが、それ以降は不明となっております。調査会の方でも「限りなく拉致の疑いがある」ということで、近々1000番台リストに公表されるのではないかと思っております。私の方も今後一緒に活動していきたいと思っております。今後ともどうかよろしくお願い致します。(大拍手)
*2/25調査会ニュースより

寺島 佐津子(てらしま さつこ)(当時 19歳)
生年月日 :昭和35(1960)年7月26日
失踪年月日 :昭和54(1979)年8月10日
性別 :女
当時の身分 :銀行員
当時の居住地 :神奈川県横浜市戸塚区
失踪場所 :神奈川県横浜市戸塚区
失踪当時の状況:失踪当日、勤務先の支店の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、10時に現地解散。同僚と鎌倉駅で別れ、戸塚駅からバスで帰宅途中に行方不明。翌日、自宅近くの草むらからセカンドバッグが見つかる。警察犬の捜査でもここまで来たのは間違いない。
改めて私自己紹介させていただきます。私は特定失踪者「大澤孝司」の兄で、大澤茂樹と申します。前回1月15日の第9回藤沢集会に参加させていただきまして、訴えさせていただきましたが、今回も救う会神奈川の皆さまのご好意によりまして貴重な時間をいただきましたので、前回と重複することも多々あるかと思いますが、再度訴えさせていただきます。前回お見えにならなかった方々も多いと思いますので、弟が失踪した時の状況からお話させていただき、弟の拉致問題を知っていただきたいと思います。
*救う会神奈川活動報告より
第9回「拉致被害者と家族の人権を考える市民集会」
http://www.geocities.jp/sukuukai/report/09.html 私ども兄弟は3人兄弟で、一番上の兄は新潟県巻町で家業を継いでおります。私は次男でして、横浜市瀬谷区に在住しております。拉致されたのが濃厚なのは一番下の弟の「孝司(たかし)」でございます。弟の孝司は昭和49年2月24日(1974年)に新潟県佐渡島で、曽我ひとみさん・ミヨシさん母子が拉致された真野町の拉致現場から、距離にして7〜8キロしか離れていない天然記念物の「トキの保護センター」のある新穂村というところで、北朝鮮に拉致された疑いが濃厚となっております。曽我さん母子が拉致される約3年半前の事件でございます。
事件当時、弟は27歳の独り者で、新潟県庁の出先機関であります「佐渡の農地事務所」に勤務する新潟県庁の職員でありました。当日は今日と同じ日曜日で、午前中は寄宿舎の仲間と卓球をして遊び、午後から隣町の金井町というところに1人で遊びに行き、その帰り、寮に帰っても、その日ちょうど(寮の)食堂が休みということで、行きつけの飲食店に夕飯を食べに行き、若干アルコールも飲んだようでございますが、そこを午後7時半頃出る時に、店のおかみさんに「あぁ、飲んだし、食ったし、これから寮に帰って寝るか」というあいさつを交わしました。
そこの店を出て帰宅途中、弟は趣味で鉄砲を撃っており、その猟銃期間が2月15日に切れたということで、その許可証の返却のため、その地区の猟銃会の会長さん宅に立ち寄り、そこのおかみさんに手渡し帰ろうとしたところ、そこの会長宅も飲食店を営んでおり、弟の後を追ってきた2〜3人の男が、その店に入ろうとしていた2〜3人のグループか定かではございませんが、弟が(店を)出ると同時にその店に入るのをやめて後をつけたようで、その後まもなくして、車が急発進するタイヤの軋む音をそこのおかみさんと、もう1人近所のおかみさんが聞いたのが最後で、その後の足どりはつかめておりません。
翌日、その車が急発進したと思われる周辺に「ハングル文字のマッチが1つ落ちていた」ということでございます。
また、その会長宅から寄宿舎までの距離は200メートルたらずで、その間に海があるわけじゃなく、川に流されるような大きな川があるわけじゃなく、周りは田んぼと畑が多い非常にのどかなところで、夜8時頃に突然大の男がそこから消える、ということが不自然であり、事件当時、佐渡の両津警察からも大掛かりな捜索をしていただきました。また、農地事務所と私どもの方でお願いした捜索隊も加わり、佐渡中くまなく捜索致しましたが、弟を見つけ出すことも、失踪する理由さえもつかむことはできませんでした。

私ども家族は、これだけ捜索しても見つからないということはもう、神隠しにあったものと諦めもしておりましたが、その後の調査で、曽我さんたちと同じような手口で「北朝鮮に拉致されている疑いが濃厚」とのことで、新潟県警の方で再調査をし、また特定失踪者問題調査会荒木先生の方からも調査していただいたところ、弟「孝司」は北朝鮮に拉致された以外に佐渡島から失踪する理由は何一つない、ということで調査会の認定を得て、1000番台リストにも加えていただくことになりました。
また、新潟県警の方も捜査の途中経過として、一昨年の10月16日の新潟県警の定例記者会見の場におきまして、私の弟と山梨県甲府市で「図書館に行く」と言って自宅を出たまま行方がわからなくなって、4日後に同じく新潟県柏崎の荒浜海岸でセカンドバッグが見つかった「山本美保さん」の二人が「拉致の疑いが濃厚」との新潟県警の異例中の異例の見解をいただくことができ、私どもは新潟の救う会や荒木先生方々と内閣府の拉致支援室に5回も6回もうかがい、「拉致認定」を求めましたが、日本政府からは未だに「拉致認定」をしていただいておりません。
*美保さんの家族を支援する会
http://homepage3.nifty.com/KOFUHIGASHI-3/ また、昨年の1月29日拉致された疑いが濃厚な1000番台リストの16名全員が、法律家の会の先生方のご協力によりまして、拉致されたと思われる各都道府県の県警本部に16名一斉が、被疑者不詳のまま「国外輸送誘拐容疑」で告発状を出し、それと同時に日弁連の方に人権救済を求める手続きをしていただき、先月3月29日その結論を出していただき、日弁連の方から内閣府、外務省、警察庁の関係各課に対し、人権救済の申し立てをしていただきまして、ここにきてやっと一歩も二歩も前進することができましたが、これで拉致問題が解決するとは思っていません!
* 日弁連の要望書 北朝鮮拉致疑惑人権救済申立事件
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3794 今、日本政府の拉致問題の取り組み状況は、昨年の暮れ、北朝鮮が突然核保有宣言と、横田めぐみさんの遺骨と称するお骨の「DNA鑑定は日本政府が捏造したもの」と北朝鮮がコメントを発表以来、硬直化し足踏み状態となっておりますが、時の流れは止まっておりません!
*北朝鮮が遺骨問題で反論 疑問3点を提起
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3575 特定失踪者のご家族は年々高齢化し、荒木先生が一昨年の1月10日に特定失踪者問題調査会を設立してから2年3ヶ月が経過しますが、この間にも特定失踪者の親御さんが、私の知っている範囲で4名の方々が亡くなっております。
先ほど申しました山梨県の「山本美保さん」のお父さん、そして山口県宇部市で「お母さんのタバコを買ってきて」と頼まれて買いに行ったまま行方がわからない「国広富子さん」のお母さん。北海道稚内で高校の同級生の家に遊びに行き、その帰りそのまま失踪した「斉藤裕さん」のお母さん。
*不明山本さんの父死去=北朝鮮拉致の疑い、再会果たせぬまま−甲府
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=322 *母、死の3日前に目撃証言 国広富子さん
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=1792 *特定失踪者・斉藤裕さんのお母さん、再会叶わず逝去
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=2962 そして今年の2月、今から33年前、東京渋谷区で夕方「洗濯物を出しに行く」と言ってクリーニング店に出した後、そのまま失踪しました「生島孝子さん」のお母さんが99歳で亡くなられました。
*特定失踪者・生島孝子さんのお母さん、死去
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3628 *3/13TBS「報道特集」特定失踪者の家族『時間がない』続々
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3797
私はとても他人事とは思えず、東京とは近いため告別式に参列してまいりましたが、「生島孝子さん」は信用できる脱北者の目撃証言もあり、今ちょっと待っていただければ再会できたかと思うと非常に残念であり、お母さんは「孝子さんと絶対に会える」という確信をしており、無念の死であったと思います。
このようにして、特定失踪者のご家族は年々高齢化しております。私ども父親も例外ではなく、今95歳でございます。もう先がございません!時間がありません!!私はせめて父親が元気なうちに弟と再会を果たしてやりたく、未熟ではございますが、私にできる範囲で署名活動等皆さまに訴えております。
*3/13TBS「報道特集」特定失踪者の家族『時間がない』
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3755 それにしましても小泉首相は北朝鮮に対して、何回騙され、何回侮辱され、何回馬鹿にされれば気が済むのでしょうか?このような拉致されている日本国民を奪還できないような外交では、そのうち世界中の笑い者になると思います。世界中の笑い者になる前に、今拉致されている日本人1人残らず奪還していただきたく、それにはもう対話だけでの交渉では埒があかないと思います。
一刻も早く小泉さんから経済制裁の発動をしていただき、金正日体制を崩壊しなければ、私は完全な拉致問題の解決にはならないと思います。どうか皆さん、今の日本政府に、さらにバックアップをして勇気付けていただくために、さらなる皆さま方のご支援とご協力をお願いし、はなはだお粗末ではございますが、私の訴えとさせていただきます。今後ともよろしくお願い致します。

地元巻町に立つ看板と大澤孝司さん
*大澤孝司さんと再会を果たす会
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/
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