
投稿者
あおいのママ 投稿日時 2005-3-18 0:58:45 (2657 ヒット)
数日前に特定失踪者「大澤孝司さん」のお兄さんの大澤茂樹さんより、このTBS「報道特集」の取材を受け、それが放映されたとの連絡がありました。再放送を見ることができましたので、ビデオに録画をしたものから文字起こしをしました。一部をご紹介いたします。
《特定失踪者の家族 『時間がない』》
(司会者)
さて、続いては「拉致問題」です。去年の暮れに、横田めぐみさんの遺骨とされるものが「別人のものである」と日本政府が発表して以来、北朝鮮はこの問題では強硬な姿勢を取り続けていまして、未だに進展はありません。横田さんご夫妻のお歳を考えれば、どれ程怒りと無念で燃えていらっしゃるか、容易に察することができるのですが、拉致の可能性が否定できないという特定失踪者の家族の皆さんも、年々高齢化が進んでおりまして、政府による拉致認定もないまま亡くなっていく方もいらっしゃいます。このままでは例え拉致の事実があったとしても、北朝鮮の引き延ばしによって時間切れになってしまう、そんなギリギリの状況で暮らすご家族の皆さんを取材しました。
(中略)
(ナレーター)
特定失踪者「生島孝子さん」の母・生島うらさんの葬儀(2/11)に同じ立場の家族が参列していました。1974年に新潟佐渡で姿を消した特定失踪者「大澤孝司さん」の兄茂樹さん(63)です。
(次兄・大澤茂樹さん)
「私のことのように思っております。というのは、私の親父も今年で96歳になって、もう先がありませんので、一刻も早く救出を願ってですね、日本政府の方に、1日も早く救出をやってもらいたいと思って、今日駆けつけました。」
(中略)
(ナレーター)
雪に覆われた田畑、そして山々。ここ新潟県巻町にも特定失踪者の家族が住んでいます。
(次兄・大澤茂樹さん)
「私も親父が元気なうちにね、せめて弟との再会を果たしてやりたくてですね・・・。」
(ナレーター)
生島うらさんの葬儀にも駆けつけた大澤茂樹さん。特定失踪者「大澤孝司さん」の兄です。この日は自宅がある横浜から、父親が住んでいる実家へと向っていました。
新潟県の職員として佐渡の農地事務所に働いていた「大澤孝司さん」。1974年2月、夕食をとった焼肉店を出た後、姿を消してしまいました。曽我ひとみさんが拉致される4年前、同じ佐渡で起こった失踪事件。現金や通帳などは寮に残されたままで、失踪する理由も見あたりませんでした。
巻町ではもう1人の兄、昭一さん(69)が待っていました。地元の霊山、弥彦山をバックにこんな看板を立てた人物です。
『今年こそ 拉致問題の全面解決と 日本人全員の早期救出を』
(長兄・大澤昭一さん)
「この看板を一刻も早く取れればいいなぁと思っています。」
(ナレーター)
看板から少し離れたところにある孝司さんの自宅。その入口の脇に新聞を読んでいるお年寄りがいました。毎日ここに座りながら息子の帰りを待っているのです。福一郎さんは現在95歳。足は多少弱っていますが元気だといいます。
(父・大澤福一郎さん)
「孝司の父親でございます。いつもお世話になりましてありがとうございます。」(取材者に向って深々と頭を下げる)
(ナレーター)
私たちは孝司さんがいなくなった当時のことを聞きました。
(父・大澤福一郎さん)
「何が(失踪の)原因なのか、私と家内と話してもわからんかったし・・・。」
(取材者)
「北朝鮮の拉致とかそういったことは?」
(父・大澤福一郎さん)
「全然なかったです。ただ『神隠し』ね。これ以上捜さんと出ねえと・・・。まぁ、『神隠し』になって、わからん状態になるかもしんねえと、警察署長の話を聞きましたね。」
(ナレーター)
失踪直前には縁談も考えられていたという孝司さん。福一郎さんは息子のために、巻町に宅地を買いました。今でもそのことが頭から離れません。
(取材者)
「孝司さんに会いたいですか?」
(父・大澤福一郎さん)
「・・・、うん、やっぱしこの写真(部屋に飾られている)ばっか見てても情はわきませんし。いっぺん(顔を)見たいという気持ちがありますね。」
(長兄・大澤昭一さん)
「孝司ー!町長さんがのうー、お前が丈夫に帰って来るように、役所の屋上に横断幕を張ってくれたよー!」
『北朝鮮による拉致疑惑の「大澤孝司さん」の究明・救出にご支援を』
(ナレーター)
2002年の12月、地元巻町役所に掲げられた横断幕。昭一さんはこう叫びました。
(長兄・大澤昭一さん)
「もうちょっと頑張って、親父の生きているうちに、日本中の人たちが待っててくれるから、早く帰ってくれやー!」
(ナレーター)
同級生が「大澤孝司さんと再会を果たす会」を立ち上げ、署名活動を行うなど地元では支援の輪が広がりましたが、拉致問題自体はなかなか進展しません。孝司さんの父親福一郎さんはこう訴えます。
(父・大澤福一郎さん)
「孝司が帰って来るまでは、それは生きていれればね・・・。まぁ、この拉致問題がどうなるんだかねぇ。(涙ながらに)会いたい、会いたいですねぇ、一刻も早く・・・。顔を見てえの、自分の願いですね・・・。」
「この問題は、お前さんたちのご尽力にお願いして、誠に申し訳ありません。」(取材者に向って、頭を深々と下げる)
(ナレーター)
インタビューの後、福一郎さんはまた元の部屋に戻って、新聞を読み始めました。頭に刺激を与えるため、できるだけ通りに面した部屋にいるのだといいます。時間との闘いが家族に重くのしかかっています。
* 大澤孝司さんと再会を果たす会
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/*拉致問題解決を求める横断幕 新潟県
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=2558* 大澤家の願いのこもった看板
http://trycomp.oc.to/jokyo/12.html*4/4 大宮講演会 「大澤孝司さん」のお兄さん
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=80&no=16*1/15 第9回藤沢市民集会 大澤 茂樹さん
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=&no=112http://aoinomama.trycomp.net/