「北朝鮮工作員の証言」は疑問

「日本人ら致疑惑」で外務省幹部が指摘


◆「慎重に考えないと」

 日本の外務省幹部が10月29日、いわゆる「日本人ら致疑惑」と関連して、「ら致」を裏づける唯一の根拠とも言える「北朝鮮亡命工作員」の証言の信ぴょう性に疑問を呈し、「ら致の疑いが濃厚」とする政府の見解を否定する発言を行っていたことが明らかになった。

 この発言は、外務省担当記者との懇談の席で、記者側の質問に答える形で行われた。同幹部は、「ら致疑惑には、亡命者の証言以外に証拠がない」わけだから「慎重に考えないといけない」としながら、「韓国につかまった工作員だから、彼らは何を言うかわからない」と述べたという。

 「グリコ・森永事件は北朝鮮工作員の犯行」など、朝鮮民主主義人民共和国のマイナスイメージを煽り立てることには嘘の記事も1面トップに掲載するほどの産経新聞など、「ら致疑惑」報道に異常なほどの「熱意」を示す一部マスコミが騒いだため、外務省側から改めて真意釈明が行われたが、それも発言は「個人的見解」とするに止まり、この見解を否定するには至っていない。

 この程度の認識は、例えば諜報活動を専門とする日本の公安調査庁元幹部ですら「彼らは、できるだけ自分を高く売り込もうとするので、しばしば誇張が入ります」(月刊「宝石」96年6月号)と指摘するほどで珍しいことではなく、こうした事件に接触する機会の多い部署の人間にとっては当たり前、常識となっているといって過言ではない。マスコミが伝えないので、読者の耳に入ってこないだけなのだ。

 「日本人ら致疑惑」がにわかに騒がれ始めたのは、今年1月末に「新潟少女ら致疑惑」がクローズアップされてからだ。1977年11月15日、クラブ活動を終えて帰宅する途中に行方不明となった、新潟市内に住む横田めぐみさん(当時中学1年生)が、「北朝鮮の工作員」によって「ら致」されたというものだ。この「疑惑」は、共和国へのコメ支援にも影響を与えるなど、外交問題にまで発展した。しかも、日本政府はこの「新潟少女」を含め、「ら致された疑いのある日本人は7件10人」とまで表明するに至っている。 だが、このページで再三、指摘してきたように「ら致疑惑」を裏づけるものは、朝鮮民主主義人民共和国に対する破壊工作、謀略活動を専門とする南朝鮮の「国家安全企画部」(安企部)が管理、統制する「亡命工作員の証言」だけである。それ以外の客観的な証拠、日本の警察、公安当局が独自の捜査活動によって立証しえたものは何一つない。つまり、朝鮮民主主義人民共和国の犯行と断定するには無理があるのだ。

 日本社会では年間、10万人近い行方不明者があるといわれているが、日本政府の見解通りなら、これら行方不明者もすべて「北朝鮮ら致」の「疑惑」の範ちゅうに入ることになる。なぜ一部の人間は「ら致疑惑」の対象になり、それ以外の人間はならないのか。こうした問答自体が愚かなことであり、社会主義反対を明確に掲げる産経や朝鮮人蔑視を口にしてはばからない佐藤勝巳など「現代コリア」グループなどがことさら騒いでいることを考えると政治的な背景を強く感じざるをえない。それよりも前に日本政府は、植民地時代に朝鮮半島から力づくで「ら致」してきた強制連行者の真相を解明し、この問題を解決することにエネルギーを費やすべきだろう。

 

 ◆めぐみさんの両親も吐露する疑問

 娘がある日、突然いなくなりいまなお手掛かりすらない横田めぐみさんの父親、滋氏の心情は、筆者も娘を持つ父親だけに痛いほどよく分かる。

 めぐみさんの「北朝鮮ら致疑惑」の火つけ役は朝日放送の石高健次記者のレポートだが、これに対する滋氏の感想を幾つか拾い上げてみる(引用はいずれも「正論」97年11月号のインタビュー記事から)。

 「横田 しかし私どもに双子がいるのは事実です。それを知っている人は限られていますので、これはめぐみだと直感しました。だけど、そう思ったあとに、う〜ん、でも、やっぱり違うかなと。当時の新聞記事を読めば、これくらいはしゃべれるし、書けるんですね」(「しゃべった」のは北朝鮮亡命工作員、「書いた」のは石高記者)

 「横田…私たちが元工作員と直接面談したときも…初めて聞く話というのはそうありませんでした」

 「夫人 あの子が語った言葉の中に、私たちでなければわからないのがあるといいんですけど。例えば母の兄は京都に住んでいて名前はこれこれだとか」

 (「海岸からまさに脱出しようとしていた北朝鮮工作員が、この少女に目撃されたために連れて帰った」という石高リポートについて)

 「横田 夜の6時半すぎに、たまたまその日は多少暖かかったんですけど、ほとんどなにも見えない時刻に海のほうへ真っ直ぐ行くというのは、ちょっと私たちも考えられなかったんですよ」

  (「家へ帰る途中、海を見に行ったことはありましたか」との問いに)

 「横田 それは聞いたことがありません。仮定の話として、めぐみが海岸へ行き、北朝鮮の工作員が脱出しようとしたところへ出くわしたとしても、めぐみには彼らが北朝鮮の工作員だとわかるはずはないんですね」

 めぐみさんの両親も、我知らずに「亡命者工作員」の「証言」に疑問を呈していることがわかる。

 ちなみに、「正論」の同じ記事の中に、次のようなくだりがある。 「…(めぐみさんら致疑惑の)糸口をつけたのが石高リポートとすれば、これをめぐみさんの失踪と直接結びつけたのは、北朝鮮の拉致事件を早くからフォローしている現代コリア研究所の佐藤勝巳所長だった。

 佐藤氏は新潟県出身である。それでおぼろげながら新潟市で少女が失踪した事件を記憶していた。佐藤氏は「現代コリア」10月号が出てから2か月後の平成8年12月14日、新潟市で講演を行った。講演終了後の懇親会で石高リポートの話を持ち出したところ、新潟県警の幹部が気づいたのであった」

 「おぼろげながら記憶していた」事件を口にしたら、なんと警察の幹部が気づいたという。つまり佐藤氏の「北朝鮮ら致疑惑」説の発端には、警察幹部が関与していたのだ。ちなみに、ここでは警察と表現しているが、正確には「北朝鮮」問題などを担当する公安刑事である。情報をやったりもらったりしている佐藤氏、その一方の公安が「兄弟」関係にあることはマスコミ、公安関係者はみな、知っている。その身内同士の話を信ずることがはたしてできるのだろうか?

 

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