「ら致疑惑」を斬る(下)

現代コリアが仕組む


 安明進は次のように「証言」している。

 「1988年10月10日、金正日政治軍事大学で開催された重要な行事の際、2、30メートル離れた所から日本人らしい女性の姿を見た。教官に彼女は誰かと聞くと、自分が新潟からら致してきた女性だと、いきさつを詳しく話してくれた。対日工作の任務を終えて新潟を離れる時に、少女に姿を見られたので、警察に通報されるのを恐れ、予定になかったがら致した。ずっと泣きっぱなしだったので、朝鮮語を勉強すれば日本に帰してやると言ったら従った。今、同大学の日本語の教師をしている…」

 この「証言」は矛盾だらけである。いくつか挙げてみよう。

 第1に、仮に教官が「ら致」に関与した者だとしても、周囲に多くの人がいる場所で、まだ大学2年生にすぎない者に、極秘にすべき重大事をぺらぺらとしゃべるであろうか。常識では考えられない言動である。なお、安は2、30メートルも離れた所から「彼女」が何故日本人だと分かったのか。おかしな話ではないか。

 第2に、少女に姿を見られたからと言って「工作員」が彼女をら致する必要はまったくない。何故なら通りすがりの少女には、彼が誰で、何をした者かは分からない。その上、報道では事件が起きたのは11月冬の午後6時35分過ぎ、暗い夜だったという。

 通常どこの国の「工作員」であれ任務以外のことをしないことが鉄則だからだ。何より、「工作員」が殺人や犯罪を犯した場面を目撃されたわけでもないのに、何故、足手まといにしかならない異国の少女を連れ去る必要があったのか。

 第3に、少女が長じて政治軍事大学の日本語教官をやっているという点で、この「証言」は完全にその信憑性が破綻している。

 安によると、彼女は本人の意思とは関係なく強制的にら致され、親と離れた悲しみのあまり成長してからもノイローゼにかかって2回も入院した人物である。安の言う「政治軍事大学」という大学があるかどうかも疑わしいが、もしあったとしても彼女のような人物に国家安保の根幹に関わる軍幹部養成所の教師が勤まるはずもなく、果たして登用するだろうか。

 ら致した人間を自由に行動させていること自体、あり得ないことであろう。

 

「北送金」もねつ造

 今回の「事件」発表に、日本での「反北朝鮮研究所」と言われている現代コリア研究所の所長、佐藤勝巳が関わっていることにも注目する必要がある。

 昨年末、安企部は「少女ら致事件」を新潟出身の佐藤に話すとともに、産経新聞や朝日放送、「AERA」などの報道関係者、それに新進党の幹部や、初の「韓国」訪問を予定しているある革新政党の幹部にリークしたという。

 佐藤は日本公安や安企部と組んで「北朝鮮の崩壊」や「朝鮮総聯の破壊」を事あるごとに喧伝し、新潟から出港していた帰国船や往来船を阻止するために先頭に立ってきた人物である。その佐藤がこの話に飛びつき、「疑惑」の口火を切ったのは故なきことではない。

 在日朝鮮人のいわゆる 「北送金問題」をでっち上げ、東京―ソウル間で情報のキャッチボールを行い、ニューヨークタイムズなどがそれを掲載して「政治外交問題」にまでなるよう仕組んだ張本人も他でもない彼である。

 

雪だるま式に

 日本法務省が発表したデータ(平成7年版)によると、国内失踪人口は届け出だけで2265件。警察白書(平成8年版)によると、家出捜索願いが出ているのは8万36人。このほとんどは単純な家出人と言われている。

 ところが、最近の国会議員の追求やマスコミの論調を見ると、失踪者はすべて「北朝鮮の仕業」であるかのような様相を呈してきているという。日本各地の行方不明者家族から「北のら致」と絡む問い合わせが増えており、地方議会でもそのような側面で究明問題が論議されている。安企部の狙いはまさにここにあるのだ。

 謀略やデマの恐ろしさは、それが物凄いスピードで独走することだ。デマは尾ひれがついて雪だるま式にふくれあがり、恐ろしい結果をもたらすことは歴史が証明している。

 関東大震災の時、まったく根拠のない流言飛語によって罪もない朝鮮人が数千人も虐殺された。今回の騒動がエスカレートしたら、その先には朝鮮学校の生徒が暴行された忌まわしいチマチョゴリ事件や、それ以上の不幸な事件が起こらないと誰が断言できよう。その責任を誰が取るのか。

 真実は一つである。日本の政治家や国民は、安企部サイドから意図的に流されてくる謀略やデマにこれ以上踊らされるべきではない。日本政府は、朝鮮人に犯した過去の大きな罪の上に、新しい罪を上乗せしてはならない。(オ・イルチン ジャーナリスト)

[97/04/22]

 

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